映画『新聞記者』(藤井道人監督/2019年)は、日本で実際に起きた政治問題をモチーフにしたフィクション作品であり、社会派ドラマとして高い評価を受けている。
一方で、視聴してみるとサスペンスドラマのような緊張感もあり、社会派エンターテインメントとしての魅力も備えている。
この記事では、そんな『新聞記者』のテーマや登場人物、物語の見どころを、さまざまな角度から掘り下げていきたい。
映画『新聞記者』の作品情報

作品情報
タイトル:新聞記者
監督:藤井道人
原案:望月衣塑子『新聞記者』(角川新書, 2017年)、河村光庸
脚本:詩森ろば、高石明彦、藤井道人
出演者:シム・ウンギョン、松坂桃李、本田翼 ほか
製作年:2019年
配給:スターサンズ、イオンエンターテイメント
劇場公開日:2019年6月28日
Blu-ray/DVD ほか
映画『新聞記者』のテーマと見どころ
本作は、新聞記者・望月衣塑子さんによる新書『新聞記者』を原案に、オリジナルストーリーとして脚色された社会派映画です。
監督を務めたのは藤井道人さん。主演には、韓国の人気女優シム・ウンギョンさん(吉岡エリカ役)と松坂桃李さん(杉原拓海役)が抜擢されています。
特に注目すべきは、シム・ウンギョンさんが日本人の新聞記者役を演じていること。彼女の存在感と日本語による熱演が、作品に独特の緊張感とリアリティをもたらしています。
映画ならではのフィクション性を含みつつも、描かれるのは、現実と地続きの“社会の闇”。
一見、ドラマとしての脚色が強いようにも思えますが、観る者を物語へ真剣に引き込む力があります。
反対に、作品への集中を欠いてしまうと、張り巡らされた伏線や結末の意味を見逃してしまうかもしれません。
緊張感を保ちながら、一つひとつの描写を丁寧に追う――そんな姿勢が求められる作品です。
映画の原案――望月衣塑子著『新聞記者』
望月衣塑子さんの著書『新聞記者』は、第23回平和・協同ジャーナリスト基金賞の奨励賞を受賞したノンフィクション作品です。
本書では、記者を志したきっかけから、これまでの取材活動や体験談まで、望月さん自身の記者人生が綴られています。
映画『新聞記者』は、この書籍を原案としながらも、ストーリーや登場人物はフィクションとして再構築されています。
そのため、内容は原作とは異なり、映画ならではのオリジナルな展開が描かれています。
映画『新聞記者』の人物相関と物語の流れ
新聞記者の吉岡エリカ(シム・ウンギョンさん)が追っていたのは、大学新設計画をめぐる疑惑だった。
その鍵を握る人物が、内閣府に勤める神崎(高橋和也さん)である。
しかし神崎は、重大な真実を抱えたまま、自ら命を絶ってしまう。
吉岡は神崎の葬儀の場で、内閣情報調査室のエリート官僚・杉原拓海(松坂桃李さん)と出会う。
杉原は、かつて神崎の部下だった男だった。
吉岡は杉原の協力も得て、東都新聞の一面にスクープを打ち出すことに成功する。
だがその直後、長らく確認していなかった郵便受けから、神崎からの手紙を発見する。
それは、スクープ記事の前提を揺るがしかねない内容だった。
杉原は、そこで初めて真実に辿り着く。
つまり、報じたスクープは誤報だったのか――。
物語は、内閣情報調査室や政権中枢による巧妙な操作、あるいは権力への屈服を示唆する形で終わりを迎える。
結末は明言されず、観る者にその先を想像させる余白を残している。
権力と闘おうとした杉原は、最後の最後で心が折れてしまったのだろう。
交差点で吉岡とすれ違った際の、青ざめた彼の表情には、深い絶望と諦念がにじんでいた。
吉岡もまた、その変化に気づいたに違いない。
杉原は、吉岡に協力したものの、最終的には彼女を支えきることができなかった――そんなほろ苦い余韻を残して、映画は幕を閉じる。
主演・シム・ウンギョンが体現する“葛藤”
シム・ウンギョンさんの日本語には、演技力の高さをもってしても、発音などに若干の違和感を覚える場面があった。
しかし、彼女が演じた吉岡エリカは、アメリカ生まれで日本人と韓国人のハーフという設定であり、物語上もこの違和感は許容されている。
むしろ、吉岡の抱える生い立ち――父親もまた記者であり、誤報の責任を問われて自死したという辛い過去――が、彼女の揺れ動く心情と重なり、違和感すらも役柄の一部に見えてくる。
シム・ウンギョンさんは、この作品で第43回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞した。
韓国映画界の至宝とも称される彼女は、日本文化や日本映画への強い関心を持ち、自らの言葉でその思いを語っている。
本作での繊細な表現力は、日本の映画界でも高く評価され、難役を見事に体現したと言えるだろう。
また、第43回日本アカデミー賞では、『新聞記者』が最優秀作品賞に輝き、杉原拓海役の松坂桃李さんも最優秀主演男優賞を受賞した。
その実績が示すように、『新聞記者』は2019年度を代表する必見の一本である。
この映画に描かれる出来事は、現実にどこまで起こりうるのかは定かではない。
それでも、社会や権力、そして生きることそのものについて考えるきっかけを与えてくれる作品であることは間違いない。