この記事では、中型国語辞典の『広辞苑』『大辞林』『精選版 日本国語大辞典』について、その特徴を比較していきます。
電子辞書やアプリ版のおかげで、手軽に利用できるようになった中型国語辞典
『広辞苑 第七版』(新村出, 岩波書店)、『大辞林 第三版』(松村明・三省堂編集所)、『精選版 日本国語大辞典』(小学館国語辞典編集部)。この3種類の中型国語辞典の電子版を、iPadとiPhoneにインストールしています。中型国語辞典の電子版アプリを、iPadやiPhoneにインストールして使用できるとは、とても便利な時代になりました。
また『広辞苑 第七版』は、カシオの電子辞書「EX-word」でも使用しています。『大辞林』に関しては、主に大学時代に使用していた第二版も手元にあります。
小学館から『大辞泉』(小学館国語辞典編集部)が刊行されていますが、小学館発行の『精選版 日本国語大辞典』および松村明氏が編者の『大辞林』を所有していることもあり、『大辞泉』は購入しておりません。1995年に初版が発行された『大辞泉』の監修は松村明氏です。
『精選版 日本国語大辞典』の充実した情報量は断トツ
『精選版 日本国語大辞典』は、総項目数、実例の豊富さ、解説の詳しさなどで、他の中型国語辞典に差を付けています。
『精選版 日本国語大辞典』が総項目数でリード!!
精選版ではない『日本国語大辞典 第二版』は、全13巻と別巻(出典一覧ほか)、合わせて14巻セットです。日本で最大規模の大型国語辞典です。
『精選版 日本国語大辞典』は、精選版といっても、わが国最大の国語辞典『日本国語大辞典』の精選版ですから、かなりの情報量があります。紙の『精選版 日本国語大辞典』は、全13巻の『日本国語大辞典』を精選・凝縮して全3巻にまとめたものです。
『日本国語大辞典』の編纂には、国語学・国文学の専門家に加え、各界の権威、社会科学および自然科学の研究者らが携わっています。
『日本国語大辞典 第二版』の収録は、総項目数50万、用例数100万。対して、『精選版 日本国語大辞典』は、総項目数30万、用例数30万。『広辞苑』および『大辞林』の総項目数は25万です。
『日本国語大辞典』の初版は、1972年11月から1976年にかけて、全20巻が刊行されました。初版に続いて、1979年から1981年にかけて縮刷版全10巻が刊行されました。
『日本国語大辞典 第二版』全13巻+別巻の刊行開始は、2000年11月。そして2001年に完結。
それを精選・凝縮して全3巻にまとめた、『精選版 日本国語大辞典』は2005年12月から2006年2月にかけて刊行されました。
『日本国語大辞典』には、母胎となった国語辞典があり、それが1915年から1919年に初版4冊が刊行された『大日本国語辞典』です。この辞典は上田万年氏と松井簡治氏の共著ですが、主編は松井簡治氏です。『大日本国語辞典』と『日本国語大辞典』の事業には、松井簡治氏・松井驥氏・松井栄一氏の3代が大きく貢献されています。
『日本国語大辞典』の第一版が構想されたのは、1961年。3,000人以上の識者の協力のもと40年以上の歳月を費やした、20世紀までの日本語の集大成です。
小学館グループのネットアドバンスが運営する「ジャパンナレッジ」には次のような記載があります。「国語学・国文学の専門家にとどまらず、歴史・仏教・漢籍・民俗などの各界の権威、経済・法律などの社会科学、および動物・植物など自然科学の研究者など、3,000人以上におよぶ識者によって40年以上の歳月を費やし完成したものです」、と。
なお、『精選版 日本国語大辞典』はB5変型判、1巻が2,192ページ、2巻が2,160ページ、3巻が2,128ページ。
カシオの電子辞書のなかには、『精選版 日本国語大辞典』を収録している製品もあります。
- 『日本国語大辞典 第二版』の編集委員は、北原保雄・久保田淳・谷脇理史・徳川宗賢・林大・前田富祺・松井栄一・渡辺実 各氏
- 『精選版 日本国語大辞典』は『日本国語大辞典 第二版(全13巻+別巻)』の成果を全3巻に凝縮したもの
- 『日本国語大辞典』初版の編集顧問は、金田一京助・新村出・諸橋轍次・佐伯梅友・時枝誠記・西尾実・久松潜一・山岸徳平 各氏、編集委員として200名以上の執筆者が加わった
『精選版 日本国語大辞典』は解説が詳しく用例も豊富
『精選版 日本国語大辞典』と、『広辞苑』および『大辞林』を比較すると、総項目数だけだと30万と25万の違いとなります。しかし前述したように、『精選版 日本国語大辞典』は全3巻。『広辞苑』および『大辞林』と比較すると、情報量はかなり違います。これは当然のことでしょう。
『精選版 日本国語大辞典』は解説が詳しく、用例が豊富です。語源も記述されています。分量をあまり気にせずに、網羅的に記述されているため、編集意図のばらつきが少ない辞典ともいえるでしょう。
中型国語辞典では、『広辞苑』や『大辞林』のほうが有名ですが、広く深い知識を得たいなら、『精選版 日本国語大辞典』が良いかもしれません。幅広い分野のことを色々と知りたいなら、『精選版 日本国語大辞典』で調べたほうが早いことが多くなるでしょう。というより、『精選版 日本国語大辞典』に載っていても、『広辞苑』や『大辞林』に載っていない用語が多いのです。
『精選版 日本国語大辞典』の引用は、古事記・日本書紀から現代の小説やエッセイまで。『広辞苑』も『大辞林』も古典からの引用を重視していますが、『精選版 日本国語大辞典』は数万点の文献からの実例を引用し情報が充実しています。
もし、短い文であっても現代の用例だけで確かめたいなら、または古典からの豊富な用例に魅力を感じないなら、中型国語辞典の購入、とくに『精選版 日本国語大辞典』の購入に際してはご注意ください。
また『精選版 日本国語大辞典』は、送り仮名を一切省略しているなど、一般的な小型国語辞典とは異なる編集方針です。
『大辞林』は新語に強い!?
新語を調べるときは、『大辞林』と『広辞苑』、特に『大辞林』が良いかもしれません。なぜなら『精選版 日本国語大辞典』には、新語があまり載っていないからです。
精選版ということもありますが、これは出版社あるいは辞典の特徴とも言えるでしょう。『大辞林』の出版社は三省堂ですが、小型国語辞典の三省堂国語辞典も新語に強い辞典です。
ライターの仕事をしていると、『大辞林』のほうが『広辞苑』よりも使いやすいかもしれません。理由は、各用語の解説の順番が現代の使用例から始まっていて、使いやすいからです。また、ある言葉について、この使い方は正しいのか、問題があるのかなど、言葉の広がりや多様性を確かめられるかもしれません。
ただ、『大辞林』がライターの仕事に適しているとまでは言い切れないでしょう。なぜなら、新語や俗語が適切な言葉の選択とはいえないでしょうし、言葉の語源や第一義、本来の意味を正しく理解することは文章を書くうえでも重要だからです。
漢字表記の情報が必要なら、『大辞林』の一択になるでしょう。『大辞林』は、一般的な小型国語辞典と同様に、送り仮名に関しての省略の許容や多く送る許容、常用漢字表にない漢字・音訓などについて確かめられます。
一方、『精選版 日本国語大辞典』は、送り仮名を一切省略しています。逆に漢字については、現代ではほぼ使われていない表記まで載せています。こういった漢字の表記については、情報価値があるという見方もできるでしょう。
『広辞苑』では漢字表記や送り仮名を絞る傾向があります。『大辞林』のように送り仮名の許容や常用漢字表にない漢字・音訓を明示していません。送り仮名は1981年10月の内閣告示「送り仮名の付け方」の原則に準拠し、旧来の慣行をも考慮するという方針です。ただ、『広辞苑』における送り仮名の表記は、内閣告示の本則に準拠せずに許容を採用している場合があります。
ただし、これらの事は全ての言葉にあてはまるとは限らないでしょう。
『大辞林』は、一般的な語釈に絞り、新しい意味を加えることを重視しているとも感じます。忙しい時や現代の使用例のみ知りたい時などは、素早く読めるほうが重宝するかもしれません。
ただ、現代文においても、文脈の中でどのような意味で使われるかは、その文章ごとに変わります。
よって、新しい意味を優先してしまうと、その語釈が一般的とは限りません。本来の言葉の意味や語源などをないがしろにすることがないように注意すべきでしょう。
また、新語に強いということは、裏を返せば俗語や廃れていく可能性のある言葉も載せているともいえます。俗語であることが分かるように記載されていればよいのですが、国語辞典に載っているからといって使用したら、正しい言葉づかいではないこともあり得るかもしれません。
第四版の公式サイトには、「古代から現代まで繋がる日本語の縦のつながり」「グローバルな現代社会の言葉の広範なひろがり」「今の時代の社会・文化を映す言葉の基本辞典」などの文言があります。基礎語などに関しては、『大辞林』においても古典からの引用が多くなります。
『大辞林 第四版』(2019年9月)はB5変型判 の 3,200ページです。
なお、電子辞典の三省堂「スーパー大辞林3.0」を使用していますが、こちらは『大辞林 第三版』に新語などを増補したり、社会情勢などの変化を反映させたりして編集したものであることが、記載されています。
『広辞苑』が売れている
『広辞苑』と『大辞林』を比較すると、『広辞苑』のほうが売れています。これには国語辞典としての歴史的な権威が関係しているのでしょう。
岩波書店の『広辞苑』の初版刊行が1955年。三省堂の『大辞林』の初版刊行は1988年。小学館の『大辞泉』の初版刊行は1995年です。
権威については、『広辞苑』よりも小学館の『日本国語大辞典』のほうがあると思います。しかし『日本国語大辞典 第二版』は14巻セット、『精選版 日本国語大辞典』は3巻セットです。この理由により『広辞苑』を手元に置く方が多いのでしょう。
『広辞苑』の特徴としては、語釈や表記が『大辞林』や『精選版 日本国語大辞典』と比較して、簡潔という印象を受けます。この特徴は『広辞苑』が中型国語辞典として好まれる理由のひとつかもしれません。
『広辞苑』では漢字表記を絞る傾向があり、現代ではほぼ使われなくなった漢字表記は載せていません。送り仮名については、1981年10月の内閣告示「送り仮名の付け方」の原則に準拠し、旧来の慣行をも考慮するという方針です。
漢字表記の送り仮名の情報は必要であっても、許容についての情報までは不要と考える方は多いのではないでしょうか。ただ、『広辞苑』における送り仮名の表記は、内閣告示の本則に準拠せずに許容を採用している場合がありますので、その点についてはご注意ください。常用漢字表にない漢字・音訓についての情報もありません。
『広辞苑』には、言葉の根本の意味をきちんととらえたうえで、歴史的な意味変化に沿って語釈を与えるという基本方針があります。これは、言葉の語源や第一義、本来の意味を正しく理解することにつながります。こういった編集方針に対して共感を覚える方が多いのでしょう。
これに関連して、『広辞苑』では古典から多くの用例を引用しながら、現代文の用例も加えています。ただし、『精選版 日本国語大辞典』と比較すると、古典からの引用は短い文章です。
『広辞苑』の編纂では、言葉の変化に対しては定着度を吟味しながら、新しく生じた意味を加えているとのこと。また、的確に表現したいというニーズへ対応するため、動詞・形容詞を中心に類義語の意味の違いが分かる語釈も追及しています。使用場面を越えた中心的な意味を一読して把握できるようにしているとも。
第七版の公式サイトには、「各界の専門家が全面的に校閲」「文学・歴史から物理学・医学、美術・音楽に武芸・茶道、スポーツ・サブカルチャーまで」「現代生活や各分野の理解に必須の言葉を新たに選定、執筆」といった文言もあります。
なお、『広辞苑 第七版』(2018年1月)には、菊判(150×220mm)の「普通版」とB5判(182×257mm)の「机上版」があり、「机上版」は本文2分冊です。ページ数は、本文が3,216ページ、別冊付録(漢字小字典など)が424ページ。
岩波書店の『広辞苑』についての公式サイト(「広辞苑 第七版」 – 岩波書店)には次のような文章がありました。内容は、2017年に91歳で亡くなられた作家の杉本苑子さんに関することです。
2017年5月に亡くなられた作家の杉本苑子さんは、随想「春風秋雨」で、「葬式も墓も無用、骨は海にでも撒いてしまってほしい」と書き、続けて、文学者の墓の自分の名の下に、「使い古した「広辞苑」を一冊、埋めてくれ」と遺言した、と記しておられます。
言葉を引いてみると
試しに「文学」という言葉を引いてみました。やはり『精選版 日本国語大辞典』は、情報が充実しています。『広辞苑』は、簡潔な表現がしっくりくることと、哲学的に深く掘り下げるなど気づきを得られることに魅力を感じます。『大辞林』は、『広辞苑』より情報量が多いことは確かですが、一般的な説明が多いように感じました。
『精選版 日本国語大辞典』小学館
①(古くは「ぶんかく」とも)(―する)学芸。学問。また、学問すること。
②=ぶんしょうがく(文章学)
③(―する)芸術系の一様式で、言語を媒材にしたもの。詩歌・小説・戯曲・随筆・評論など、作者の、主として想像力によって構築した虚構の世界を通して作者自身の思想・感情などを表現し、人間の感情や情緒に訴える芸術作品。また、それを作り出すこと。文芸。
④詩歌・戯曲・小説などの文学作品を研究する学問。
⑤自然科学・政治学・法律学・経済学等以外の学問、すなわち③や史学・社会学・哲学・心理学・宗教学などの諸分科を含めた称。
※⑥、⑦は省略します。
『大辞林 第三版』松村明 編, 三省堂
①〔literature〕言語表現による芸術作品。詩歌・小説・戯曲・随筆・評論など。文芸。「―作品」「―書」「―を愛する」
②詩・小説・戯曲など文学作品を研究する学問。文芸学。
③文芸学・語学・哲学・心理学・史学などの総称。「―部」
※④は省略します。
『広辞苑 第七版』新村出 編, 岩波書店
①学問。学芸。詩文に関する学術。
②(literature)言語によって人間の外界および内界を表現する芸術作品。詩歌・小説・物語・戯曲・評論・随筆などから成る。文芸。
※③、④は省略します。
電子版アプリでは、「外界」と「内界」にリンクが張られ、文学という言葉を掘り下げています。哲学的に外界(がいかい)を説明すると、「意識や主観から独立に存在するものの総称、あるいは客観的世界、非我」。内界(ないかい)は「個々人の思考・感情・意欲の世界、あるいは意識の内面的世界」と記されています。