公募ガイド2022年1月号に長編小説の書き方に関する特集があった。
表紙には「構造を知らなければ長編小説は書けない!」という文言がある。
長編の文学賞に応募するには、400字詰め原稿用紙で500~600枚が必要。
受賞レベルの作品を書く方法を「長編小説の方程式」と題して解説するという内容だ。
ページ数にして15ページの分量だがよくまとまっており、気づきを与えてくれるし、頭の中を整理するのに参考になる内容だと思う。
小説のオリジナリティー
文学の世界では、オリジナリティーを持たせ、自分にしか書けない作品を目指すことが大切。
それには、哲学的な問いと題材が決め手になる。
哲学的な問いについては、ものの見方や考え方と言い換えてもよい。
オリジナリティーを持たせるには、世界を全く違うように見るという姿勢が必要。
世界が全く違うように見えないまま書き出すと、凡作になってしまう。
凡作にならないように考え尽くす。
それがオリジナリティーの第一歩。
そのレベルで書けないなら、習作を重ねるために今書けるものを書くしかない。
ただしオリジナリティーの部分が物足りなくては、読む人を唸らせることができないであろう。
考えたことをどのように表現すべきか。
現代的なテーマ性を持たせた純文学にする。
テーマ性を持たせながら物語として面白く仕立てる。
哲学的な問いはさて置き、エンターテインメント性を追求してもよい。
大抵はこの内のいずれかに該当するであろう。
題材については、それぞれの作家がそれぞれのやり方で消化し、考えたことを形にする。
新しい題材
もしも未踏の分野を切り開きたいなら、徹底した調査が必要になるであろう。新しい題材を探すには、取材力と想像力が必要だ。私小説を書くような感覚でいては書けない。
川越宗一さんの『熱源』(文藝春秋, 2019年8月)は、樺太を舞台にアイヌ民族を描くという新しさがあった。明治から第二次世界大戦終結の頃までを生きていた人々の姿が描かれている。川越さんは、『熱源』の執筆にあたり、数十冊の参考文献を読んでいる。
佐藤究さんの『テスカトリポカ』(角川書店, 2021年2月)も、アステカ神話を現代に重ねるという発想が新鮮だった。多くの資料を相当読み込まなければ、書けない内容である。
門井慶喜さんの『銀河鉄道の父』(講談社, 2017年9月)は、宮沢賢治の父・政次郎の視線を通して、父子の情や家族愛などを描くという視点が新しかった。賢治の立場で読むのか、父の政次郎の立場で読むのかで、味わいや感じ方は変わってくる。門井慶喜さんは、お子さんのために買った宮沢賢治の学習漫画がきっかけとなり、『銀河鉄道の父』を描こうと思いついたと仰っている。
三浦しをんさんの『舟を編む』(光文社, 2011年9月)は辞書編集者の物語。よくは知られていない職業に焦点を当てているので、新鮮さを感じる。三浦さんは、この『舟を編む』を執筆するにあたって、岩波書店および小学館の辞書編集部を取材された。
既存の作品を下敷きに
すべての小説は先行する小説の模倣である、という話を聞いたことがあるだろうか?
文芸評論家の清水良典さんは、『あらゆる小説は模倣である。』(幻冬舎, 2012年7月)というタイトルの本を上梓された。
もちろん既存の作品を消化し、自分のものにしていることが前提の話である。
それから、下敷きにするなら海外小説か古い日本の小説になるであろう。
ここ10年の話題作を模倣したら、オリジナリティーを疑われてしまう。
日本の既存作品を下敷きにするなら、大正時代ぐらいまで遡る必要があるかもしれない。
名作にインスパイアされての果敢な挑戦。
昔の小説を彷彿させ、かつ新鮮さを出した作品。
こういった作品なら、好意的に受け止められるであろう。
そもそも小説を書こうとする人は、何らかの形で既存の作品から影響を受けているはずだ。
逆にそれが無いと、小説としての完成度や面白さに欠けてしまうのではなかろうか。
長編と短編の違い
長編小説は短編小説をただ長くしたものではない。
一文一文をふくらませる書き方では、話が間延びし中身も薄くなってしまう。
文章を横に広げるのではなく、情報を付加するなどして縦に掘り下げることが肝心。
浅い知識や虚構で埋め尽くしていては、確かに読み応えがない。
これは文章全般に言えることであろう。
小説においても同様だ。
分量の配分に関する注意点
物語の動き、つまり時間の流れを動画になぞらえると、小説の文章にも再生、早送り、一時停止がある。
言い換えると、再生は場面、早送りは行為の説明、一時停止は経緯の説明となる。
長編と短編を比べた場合、長編における世界観の説明などを除くと、早送りと一時停止の分量はあまり変わらない。
違いが出るのは再生の分量。
これは場面を書いている文章のこと。
長編小説では再生、つまり場面についての文章は長くなってもよいが、他の二つは長くなりすぎないほうがよい。
物語の複雑さの違い
短編はメインプロットだけで構成されるが、長編ではメインプロットを支える複数のサブプロットが必要となる。
よってストーリーがシンプルな短編に比べ、長編の物語は複雑になる。
長編のメインプロットはサブプロットを取り込む入れ子構造になっていることが多く、相互に関連し合うようなあらすじを考えなければならない。
短編は一瞬を切り取るように書き、前後を推測してもらう。
極端な話になるが、17音の俳句を作るときを思い浮かべるとよいかもしれない。
俳句では季語の力を借りるが、一瞬を切り取り読み手に想像してもらう。
詰め込みすぎると、却ってわかりづらい。
俳句では説明的にならない方がよいが、長編小説では場面の描写は長くなってもよいが説明は長くなりすぎないほうがよい、という話にも繋がる。
文学的な感覚として共通する考え方といえよう。
物語の骨格
アイデアを生み出すには、物語のタネになりそうな情報がインプットされていることが前提になる。
何らかの刺激でひらめいたら、ふくらませていく。
着想を得たらストーリーにするといっても、刺激的な経験に乏しいとなかなか難しい作業だ。
川端康成は、実際に湯沢町の旅館を訪れたことで小説『雪国』の着想を得た。
アイデアをストーリーにする際は、この段階でテーマを考えないといけない。
テーマは物語の骨格にかかわる、自分が表現したい中心的な内容をさす。
テーマとは、具体的な事柄の核心部分のこと。
ドイツ語のテーマという言葉に対して、フランス語のモチーフという言葉がある。
日本大百科全書(ニッポニカ)によれば、モチーフとは創作の動機となる作者の内的衝動のこと。
創作活動では、ある素材(マテリアル)をもとに一つの主題(テーマ)を確立し、筋立て(プロット)をたてることにより、作品の骨格ができる。このとき、素材から主題を導き出す創作的衝動がモチーフ。
関連してライトモチーフというドイツ語がある。これは特定の人物や思想に関連して繰り返される主題のこと。
よってモチーフは書いた結果、見えてくるものであり、読んだ人が発見するものでもあるから、書く前から意識しなくてもよい。
なお、アイデアが浮かばないときは、偶発的に物語のタネを見つけるしかない。
そのような時は次のような事を意識して導き出す。
「主人公の年代」「物語の舞台」「主人公の立場(職業など)」「きっかけとなる出来事」。
主人公や登場人物のキャラ立て
主人公に目的を実現させたいという欲求がなければ物語は盛り上がらない。
人物の魅力が加わると、小説はより面白く感じられる。
強い主人公であることが望まれるが、人間には弱さがある。
主人公の弱点や秘密は覗いてみたくなるもの。
弱点を克服しようとする主人公は魅力的だ。
キャラ立ての必要性
キャラ立ての重要性は、ジャンルと枚数による。
純文学ではキャラがテーマを邪魔するかもしれない。
短い小説でキャラを立てようとしたら枚数が足りなくなる。
ただし全くの無個性の人物では生きた人間の話にならないので、どんな小説を書くとしても人物造形の筆力は必要。
性格をどう表現すべきか
性格表現の公式は、出来事×選択。
出来事に対してどんな選択をしたかで、登場人物の性格を表現すると、読む人に伝わりやすい。
実在の人物の性格を話すときも、抽象的な単語だけでは伝わりにくいが、エピソードなどを交えると具体的にイメージできる。
現実の世界においても、日常は選択の連続。
さらに、地の文に書くよりセリフで言わせた方が臨場感も出るかもしれない。
せっかく小説を書くのだから、一人称による自慢っぽい話や三人称による説明っぽい話にするより、出来事を起こしてセリフにしたほうが面白いのではないだろうか。
人は出来事に対する行動にこそ感動するものだ。
キャラ分けをする
いわゆるキャラかぶりは避けたほうがよい。
同じようなキャラクターは構想段階で一人にまとめる。
少なくとも全く同じ性格の人物は二人はいらないであろう。
アメリカのロバート・クロニンジャー博士によれば、人の性格・パーソナリティ(Personality)は4つの気質(Temperament)と3つの性格・特性(Character)によって構成される。遺伝子や神経伝達物質など生まれつきの影響が大きい気質の4因子と環境に左右される性格の3因子。
4つの気質(Temperament)は「新奇探索(冒険好き・衝動的・好奇心)」「損害回避(危険回避・心配性・抑制的)」「報酬依存(承認欲求・人情家・情緒的・共感的・社会性)」「固執(粘り強さ・忍耐力・オタク性)」。
3つの性格(Character)は「自己志向(自尊心・自立性・責任感)」「協調性」「自己超越性(精神性)」。
キャラ分けでは、持って生まれた気質で分けるほうがよい。
そして小説の主人公には、「新奇探索傾向(チャレンジャー)」か「損害回避(リスクヘッジャー)」が向く。
脇役にはその他の気質をあてる。
小説を面白くするには
どのような要素を盛り込めば小説は面白くなるのか。
笑いや官能など無数にあるが、「対立・葛藤」「三角関係」「ミステリー(謎)」「サスペンス(緊張)」の4つは定番の要素。
「対立・葛藤」の例としては池井戸潤さんの「陸王」。「三角関係」なら夏目漱石の「三四郎」「こころ」や綿矢りささんの「ひらいて」など。「ミステリー」なら山本文緒さんの「自転しながら公転する」。「サスペンス」ならテイラー・アダムスさんの「パーキングエリア」、等々。
対立・葛藤
強い競争相手がいると面白くなるという、単純明快な発想。
池井戸潤さんの作品にはこの要素が多い。
一対一の対立なのか、敵味方が入り乱れるような状況なのか。
対立を複雑にしたのが葛藤である。
問題解決が複雑になると、読者にストレスがかかるかもしれないが、解決したときには快感がある。
ちなみに葛藤という言葉は、葛(かずら)や藤(ふじ)の蔓がもつれからむことから生じた。
三角関係
一対一の恋愛より面白くなるのは、種の生存を懸けた対立であるから。
三角関係の話では、本能と倫理観がせめぎ合う。
欲望は根源的な部分で面白くなる。
生死、善悪などを対比的に描くとよい。
人物を対照的にすると相乗効果も生まれる。
ミステリー(謎)
ミステリー小説を書くつもりでなくても、この手法を取り入れて面白くすることができる。
ミステリー手法には「倒叙」「叙述トリック」「二重、三重の謎」といった応用がある。
倒叙は、謎が明かされるのが先で、いかに解明するかを叙述していく。
叙述トリックは、叙述の仕方で読者をミスリードする。
二重、三重の謎では、物語が展開するごとに謎が増えていく。
山本文緒さんの「自転しながら公転する」では、導入部のあと、時間が巻き戻される。
これは倒叙ミステリーの手法と同じである。
サスペンス(緊張)
緊張感を高めるには、二つの方法がある。
一つは主人公の五感を使う一視点で書くことで主人公に重ね、読者を緊張でドキドキさせる方法。
もう一つは、何も知らない主人公を客観三人称で書き、読者をハラハラさせる方法。客観三人称の場合、読者に種明かしすることになるが、におわせるだけで展開は明かさずに、読者の感情を揺さぶるのが盛り上げるコツ。
小説の面白さとは
小説を面白いと感じるのは、感動と気づきを得られるからだと思う。
面白い小説には二つの側面がある。
共感できる喜びと知らされる喜び。
感動するのは、自分と重ねるだけの情報があり共感できるから。
困難にあっても主人公が前向きであり、結果に対してよかったと思えれば感動する。
たとえば絶望と希望。
場面の差を際立たせると感動が増すかもしれない。
さらに小説の面白さは、何かを発見したり、新しい見方に気づいたりしたときにも増す。
これがないと退屈に感じてしまう。
あからさまに書かずに、物語の中から発見できるように書くことが秘訣。
長編の構成法
構成力は物語を作るうえでとても大切。
ハリウッド映画の三幕構成は、長編小説に用いることができる。
映画の構成法であるが、物語を作るという点で論文などの構成法よりも参考になるし、分かりやすい。
三幕構成は、序破急や起承転結とは幕と幕をつなぐという点が決定的に違う。
第一幕の終わりに第一ターニングポイントがあり、大きく展開する。
第二幕の終わりに第二ターニングポイントがあり、目的実現に向けて一気に加速する。
第一幕では登場人物の大半も含めて設定を明らかにする。
状況を分かるようにするための導入部と、きっかけとなる出来事を書く。
第二幕で本編に入り、物語が展開し対立などが生じる。
この段階では、主人公の目的実現はまだまだ先。
第二幕は長いため、真ん中に折り返し点を設けて、前半と後半に分けるとよい。
折り返しのミッドポイントでは、潮目が変わる。前後につなぐための場面を配すことがある。
第三幕はクライマックスを含む解決編。そして主人公の目的は実現に向かう。
配分に関しては、例えば400字詰め換算200枚の場合、第一幕を50枚、第二幕を100枚、第三幕を50枚程度の分量にするとバランスがよい。
取材は必要?
小説を書くときの下調べとして、どのようなことが必要になるだろうか。
例えば次のようなこと。
「職業・仕組み」「場所・交通」「道具・ファッション」「法律・常識」「社会・世相」「歴史・事件」。
これらが定番になるだろう。
知識がもとからあれば強みとなる。
現地取材やインタビューが無理でも、ネットや資料を見て調べることができる。
今では図書館に行かなくても、ネットで多くのことを調べられる。
もしそれも面倒に感じるなら、調べずに一旦書いてみるとよい。
そしてもっとリアルに描写したくなったら、必要な資料を探す。
この順番のほうが、面倒に感じないかもしれないし、逆に知識欲がわく。
要は着想を得て、書きたいことが見つかったら書き出し、必要に応じて情報を取捨選択しながら仕上げていくという感覚でもよい。