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『女のいない男たち』村上春樹 ‐ 人間関係の機微を巧みに描いた6編【書評】

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この記事では、村上春樹さんの短編小説集『女のいない男たち』について、そのテーマや登場人物、物語の魅力をさまざまな角度から掘り下げていきます。

女のいない男たち 村上春樹・著

女のいない男たち(村上春樹, 文春文庫)の表紙
出典:Amazon

書誌情報

書名:女のいない男たち
著者:村上春樹
出版社:文藝春秋
発売年月:単行本 2014年4月/文庫本 2016年10月/電子書籍 2016年10月
ページ数:単行本 288ページ/文庫本 304ページ

人間関係の機微を巧みに描いた6編

村上春樹さんの短編集『女のいない男たち』は、2014年4月に文藝春秋から刊行されました。タイトルどおりのモチーフの6編が収録されています。

この場合の「いない」は、「去られたり失ったりしていない」という意味合いです。あるいは、去られようとしている男たちです。どの作品も人間関係の機微が巧みに描かれています。

本書には、「ドライブ・マイ・カー」「イエスタデイ」「独立器官」「シェエラザード」「木野」「女のいない男たち」の6編が収められています。登場人物や設定は異なりますが、全体的にまとまりのある短編集だと感じました。6編はそれぞれ次のような内容です。

「ドライブ・マイ・カー」は、俳優の家福が主人公で、妻は亡くなっています。家福は事情があり専属の運転手を捜していました。そして、修理工場の経営者から女性ドライバー・渡利みさきを紹介されます。家福は、スウェーデン車のサーブ900コンバーティブルを所有していて、みさきが運転するサーブの車内で、様々な会話をします。

「イエスタデイ」は、ビートルズの曲に、原詞とは似ても似つかない関西弁の歌詞をつけて歌う、木樽という男の話です。物語は、主人公の「僕」が大学2年生の時の出来語を回想する場面から始まります。「僕」と木樽はその時、二人とも20歳で、アルバイト先で知り合いました。「僕」は、木樽から妙な理由で幼馴染のガールフレンドを紹介されます。

「独立器官」は、美容整形外科医の渡会医師の話です。渡会は52歳の独身男性です。「僕」と渡会とはジムで知り合いました。「僕」は、渡会よりも少し年上で、物書きの仕事をしています。

「シェエラザード」は、ベッドの中で興味深い不思議な話を聞かせてくれる女性の話です。「シェエラザード」とは「千夜一夜物語」の登場人物のことです。主人公の「羽原」は、その女性を「シェエラザード」と名付けました。ただ、彼女の前では、その名前を口にしません。

「木野」は、主人公の苗字であり、離婚後に開いたバーの名前でもあります。適当な名前を思いつけなかったので、店の名前を「木野」にしたのです。彼は、スポーツ用品を販売する会社に17年勤めていましたが、夫婦間の思いも寄らぬトラブルの後に、会社を辞めました。

「女のいない男たち」は、真夜中の1時過ぎに電話のベルが鳴り、「僕」が起こされる場面から始まります。ベッドには妻がいます。電話からは、男の低い声が聞こえます。彼は「僕」に一人の女性の死を告げました。
20頁ほどの分量の短い作品です。まえがきには、表題作がなかったので、象徴的な意味合いを持つ作品として書いたと、記されています。

初出は、「ドライブ・マイ・カー」が「文藝春秋」2013年12月号、「イエスタデイ」が「文藝春秋」2014年1月号、「独立器官」が「文藝春秋」2014年3月号、「シェエラザード」が「MONKEY」vol.2 SPRING 2014、「木野」が「文藝春秋」2014年2月号、そして「女のいない男たち」が書き下ろしです。

ただ、「ドライブ・マイ・カー」と「イエスタデイ」は雑誌掲載時とは少し内容が変更されました。
「ドライブ・マイ・カー」に関しては、実際の地名を別の名前に差し替えています。「イエスタデイ」に関しては、創作した歌詞を大幅に削っています。理由については、本書のまえがきに書かれていますが、本記事では省略します。

話は変わりますが、村上春樹さんは、短編を書く際、一気にまとめて書くことにしているそうです。
長編小説を書き下ろしで書くのが本来、体質に向いているらしい、と述べた上で、切れ切れに書いていると、調子が出ない、あるいは力の配分がうまくいかない、とおっしゃっています。
短編6、7本くらいを一度に集中して書けば、ちょうど単行本一冊分であることを付け加え、さらに次のように続けています。

そういう書き方をして都合の良い点は、作品のグループにそれなりの一貫性や繋がりを与えられることだ。(中略)特定のテーマなりモチーフを設定し、コンセプチュアルに作品群を並べていくことができる。

そして、本書のモチーフはタイトルどおり「女のいない男たち」。

村上春樹さんは、「ドライブ・マイ・カー」と「木野」の第一稿を書いた時点で、「文藝春秋」本誌に掲載を持ち掛けたそうです。
「シェエラザード」の一編のみ、初出が雑誌「MONKEY」ですが、理由については本書のまえがきに書かれています。かいつまんで述べると、畏友・柴田元幸さんからの依頼があり、タイミングも良かったので受けたようです。
媒体の差異を意識して書いたが、モチーフは同じであり、連作のひとつであると、おっしゃっています。

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