1950年に公開された白黒映画『羅生門』は、黒澤明監督による代表作のひとつです。
本作はヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞し、さらにアメリカのアカデミー名誉賞にも輝きました。
この映画は、黒澤監督のみならず、日本映画そのものが世界から注目される契機となった歴史的作品として知られています。
映画『羅生門』の概要とあらすじ
黒澤明監督映画『羅生門』の概要
黒澤明監督作品である『羅生門』は、1950(昭和25)年公開の白黒映画です。
脚本は黒澤明さんと橋本忍さん。
文豪、芥川龍之介氏(1892-1927)の二つの名作、『藪の中』と『羅生門』を基に、脚本が書かれました。
映画タイトルは『羅生門』ですが、あらすじは『藪の中』、つまり原作は『藪の中』。
映画『羅生門』は、ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞、および米アカデミー賞名誉賞を受賞した作品です。
黒澤明監督や日本映画が、世界で評価される切っ掛けとなった作品として、知られています。
羅生門は、古代日本の都城に建てられた正門のこと。舞台は、荒廃した平安時代。都の正門である羅生門でさえ、半壊した状態で放置されるほど、世の中は荒廃しています。
映画『羅生門』のあらすじ
物語のあらすじは、次のような内容です。
ある土砂降りの中、旅法師(千秋実さん)と杣売り(そまうり/志村喬さん)が、羅生門で雨宿りをしています。
杣とは、木を育てて材木を取る山、あるいは切り出した木や、切り出すことを職業にしている人のことです。
旅法師と杣売りの2人は、なぜか首を傾げながらしゃがみ込んでいます。
そこへ1人の下人(上田吉二郎さん)が、雨宿りのために、羅生門へ走り込んできました。
下人は、首を傾げながら自問自答している杣売りに対して、理由を聞こうと問いかけます。
そして下人の問いに、杣売りと旅法師の2人が答える形で、物語が始まるのです。
旅法師と杣売りは、ある事件の目撃者でした。
事件の当事者は、旅の途中で事件に遭遇した夫婦、および事件の発端となる盗賊の多襄丸(三船敏郎さん)の3人。
夫婦とは、死体で発見された武士・金沢武弘(森雅之さん)とその妻の真砂(京マチ子さん)。
当事者の3人と、目撃者や関係者が、検非違使の尋問に答える形で、物語は進みます。
しかし、検非違使の尋問に対する彼らの告白と証言は、全くと言っていいほど異なり、矛盾しています。
映画『羅生門』と芥川龍之介の原作との関係
映画『羅生門』は芥川の小説『藪の中』に脚色を加えた作品
この『羅生門』という映画は、1922(大正11)年に発表された芥川龍之介氏の短編小説『藪の中』が原案です。
黒澤明監督は、小説『藪の中』に脚色を加え、さらに同じく芥川龍之介氏の『羅生門』の場面設定を加えました。
映画タイトルは『羅生門』ですが、物語のストーリーは小説『藪の中』を基にしています。
映画の脚本では、旅法師と杣売りが下人の問いに答える形で話が進む流れですが、これは小説『藪の中』には無い設定です。
小説『藪の中』のストーリーに、3人の男が語り合うための、舞台として羅生門が加えられました。
小説『藪の中』は、殺人および強姦事件の真相に迫ろうとする物語です。これは映画『羅生門』においても同じですが、黒澤明監督は結末やストーリー展開などに脚色を加えています。
小説『藪の中』は、『今昔物語集』巻二十九第二十三話「具妻行丹波国男 於大江山被縛語」が原典とされています。
芥川龍之介氏は、古典文学の『今昔物語集』や『宇治拾遺物語』の説話を題材にした王朝物を何作品か残しました。
この小説『藪の中』は、芥川龍之介氏の王朝物の最後の作品です。
小説『藪の中』の事件現場は、峠道から奥深い藪の中でした。
そのため芥川龍之介氏は、小説タイトルを「藪の中」としたのです。
現在の日本語で、言い分が食い違っていて真相が分からないことを、「藪の中」と言います。
これは、芥川龍之介氏の小説『藪の中』が由来です。
ただ映画『羅生門』では、最後に事件の真相が明かされます。
小説『藪の中』では、木を切り出すために山奥へ向かっていた木樵(映画では杣売り)が、死体を発見するという設定でした。
しかし映画『羅生門』では、杣売りが事件を目撃していたのです。
映画『羅生門』と芥川の小説『羅生門』は登場人物や物語展開が異なる
芥川龍之介氏が1915(大正4)年に発表した小説『羅生門』は、荒廃した都の羅生門が物語の舞台です。
小説『羅生門』では、ある若い下人が主人から暇を出され、途方に暮れた面持ちで、羅生門の下で佇む場面から始まります。
その頃の羅生門は、死人が放置されているという噂が流れていました。
実際に、下人が梯子を上がると、死人が捨てられていました。
下人は、その死人の中に、一人の老婆がいることに気づきます。
なんと、老婆は死人の髪の毛を抜いていたのです。
下人が老婆を責め立てると、鬘(かつら)を作るために抜いていると答えます。
そして、悪いことだとは分かっているが、生きるためには仕方がないと。
今、髪の毛を抜いている女は、生きるために蛇を魚といって売っていた。
自分も生きるために、髪の毛を抜いて鬘を作ろうとしていると。
そうすると下人は、生きるためにお前の衣服を奪い取ってもよいのか、と言います。
そして、実際に追剥をして立ち去りました。
それが、映画『羅生門』では、物語の最後に、全く異なる展開にして、結末に加えられています。
3人が羅生門で語り合っていると、赤ん坊の泣き声が聞こえてきます。
どうやら、親から置き去りにされたようです。
そこには、籠に入れられた赤ん坊と一緒に、大人用の着物が置かれていました。
下人は、着物を持ち去ろうと考えましたが、思い止まります。
そして赤ん坊を抱きかかえ、自分の子ども達と一緒に育てると言って立ち去るのです。
小説『羅生門』は、現在も国語の教科書に採用されているので、記憶にある人は多いでしょう。
芥川龍之介氏の『羅生門』は、『今昔物語集』を題材として執筆されたと考えられています。
『今昔物語集』本朝世俗部巻二十九第十八話「羅城門登上層見死人盗人語」を基に、巻三十一第三十一話「太刀帯陣売魚姫語」の一部を加えたとされています。
映画『羅生門』は芥川の書いた二つの名作が原典
映画『羅生門』は、芥川龍之介氏の書いた二つの名作、『藪の中』と『羅生門』を基に、脚本が書かれました。
近代文学の名作に、脚本家でもある黒澤明さんと、脚本家橋本忍さんの発想力が加わったのです。
芥川龍之介氏の短編小説『藪の中』と『羅生門』もまた、古典文学『今昔物語集』の説話を題材にしています。
多くの創作者は、過去の名作の影響を受けて、新しい作品を生み出してきました。
優れた文学作品や芸術作品には、過去の名作の優れた要素が受け継がれているのです。
黒澤明監督による映像表現と解釈
1950年、戦後の混乱と復興の狭間にあった日本で、『羅生門』は誕生しました。黒澤明監督はこの時期、『蜘蛛巣城』や『赤ひげ』などでも知られるように、人間の尊厳や弱さを描くヒューマニズムの精神を、力強い映像表現によって映画化していきます。
『羅生門』では、カメラが上下左右に大胆に動き、光と影のコントラストがドラマの緊張感を増幅させます。そうした演出は、ときにメロドラマ的とも言える情動の激しさを伴いながら、観る者に「真実とは何か」を問いかける強度を生み出しています。
作品情報|映画『羅生門』

基本クレジット
タイトル:羅生門
監督:黒澤明
脚本:黒澤明、橋本忍
原作:芥川龍之介「藪の中」「羅生門」
出演者:三船敏郎、京マチ子、森雅之、志村喬 ほか
製作年:1950年
配給:大映(1950年、現:角川映画)/角川映画(2008年再公開)
日本初公開:1950年8月26日(大映)
再公開日:2008年11月29日(角川映画)
Blu-ray/DVD ほか