この記事では、『集英社国語辞典』と『新選国語辞典』(小学館)と『明鏡国語辞典』(大修館書店)の3冊の国語辞典を比較していきます。
『集英社国語辞典』『新選国語辞典』『明鏡国語辞典』の特徴
『集英社国語辞典』と『新選国語辞典』と『明鏡国語辞典』の3冊の国語辞典は、基礎語や重要語を中心に正しい日本語を理解するのに適していそうだ。新語や近年の用例に振り回されず、誤用に対しては毅然とした態度で臨むという姿勢が感じられる。
『集英社国語辞典』と『新選国語辞典』は、幅広い層に向けて分かりやすい言葉で書かれている『明鏡国語辞典』は対象が高校生であるが、基礎語や重要語の解説が詳しい。
『新選国語辞典』については、初版刊行が1959年11月で定期的に改訂されていて歴史がある。『集英社国語辞典』と『明鏡国語辞典』については後発の国語辞典で、『集英社国語辞典』の初版発行が1993年2月、『明鏡国語辞典』が2002年12月。しかし今後、定期的に改訂を繰り返していくと思われる。
『集英社国語辞典』と『新選国語辞典』は、収録語数が9万語を超えており、小型国語辞典の中では収録語が多いという共通点がある。内容については特色の違いを感じた。
ページ数に関しては、『集英社国語辞典 第3版』が2,160ページと、既存の小型国語辞典に対して差を付けている。『明鏡国語辞典』は収録語数が7万語を超える程度だが、分量があり、第三版のページ数は1,992ページ。
一般向けの小型国語辞典では、1,600~1,800ページが標準的であることから、ページ数を比較するだけでも、『明鏡国語辞典』は解説が詳しいことがうかがえる。『新選国語辞典 第十版』のページ数は1,650ページで、ページ数に関しては平均的な分量である。
また、3つの小型国語辞典は、私が所有している中型国語辞典との相性がよく、併用していても違和感がない。中型国語辞典は、『精選版 日本国語大辞典』(小学館国語辞典編集部)、『大辞林 第三版』(松村明, 三省堂)、『大辞林 第二版』、『広辞苑 第七版』(新村出, 岩波書店)を使用している。
『集英社国語辞典』『新選国語辞典』『明鏡国語辞典』の収録語数と分量を比較
小型国語辞典において、調べたい言葉が載っていないことを、少なくしたいなら、『集英社国語辞典』か『新選国語辞典』がよいだろう。
どちらも、小型国語辞典に分類されるなかでは、収録語が多いからだ。
『集英社国語辞典 第3版』は95,000語
『新選国語辞典 第十版』は93,910語
『新選国語辞典 第九版』は90,320語
『明鏡国語辞典 第三版』は約73,000語
よって、収録語数については、『集英社国語辞典』と『新選国語辞典』に分がある。
ちなみに、『三省堂国語辞典 第七版』(三省堂)は約82,000語、『新明解国語辞典 第八版』(三省堂)は79,000語、『岩波国語辞典 第八版』(岩波書店)は約67,000語。
ページ数に関しては以下の通り。
『集英社国語辞典 第3版』は2,160ページ
『明鏡国語辞典 第三版』は1,992ページ
『新選国語辞典 第十版』は1,650ページ
『新選国語辞典 第九版』は1,602ページ
『集英社国語辞典』『新選国語辞典』『明鏡国語辞典』のそれぞれの特色
集英社国語辞典
『集英社国語辞典 第3版』(森岡健二・徳川宗賢・川端善明・中村明・星野晃一, 2012年12月発行)は、「国語辞典」「漢字字典」「百科事典」という3つの要素を一冊にし、しかも収録項目数95,000語、2,160ページ。高校生から社会人まで幅広い層に向けて編纂された国語辞典である。
私は10冊以上の小型国語辞典を所有しているが、『集英社国語辞典』は明らかに厚い。他の小型国語辞典と比べると、1cm前後の差がある。これにより、コンパクトなB6判サイズでありながら、中型国語辞典のような解説を加えることが可能となった。同様の特徴を売りにしている小型国語辞典は他にもあるが、はっきりと差別化できたといえるだろう。
『集英社国語辞典』は、新時代の日本語百科を目指していて、日常語から古語・新語・カタカナ語・ABC略語・人名・地名・専門語まで収録している。第3版では、新語・カタカナ語・固有名詞(人名・地名・書名)などを大幅に追加したとのこと。
集英社の公式サイト(集英社国語辞典 第3版|集英社学芸部)に、次のような特徴を挙げている。
「慣用句・故事・ことわざの類を豊富に収録」「固有名詞は、人名・地名・書名など多数収載」「漢字字典としても使え、便利です」「助詞・助動詞についての解説はとくに充実」「関西方言などもフォロー」「図版・図表もたっぷり」
他に、次のような点も、特徴的だと感じた。
「高校全教科の主要な専門語・約16,000語を収録」
「対応する英語などの欧文・約8,000語を表示」
外来語を、原語表記を付けて積極的に入れている。
実は、『集英社国語辞典』には、第二版では「縦組み」と「横組み」があった。
しかし、第3版は「縦組み」のみ。
やはり、日本人が国語辞典を買おうとするとき、「横書き」には抵抗感が生じてしまい、結局は「縦書き」を選ぶことになるのだろう。
ただ、第二版では漢数字であった版数を、第3版では算用数字にしている。
新選国語辞典(小学館)
『新選国語辞典』は、1959年11月に初版刊行。
歴史がある。
他の国語辞典の初版刊行年を確認したところ、『三省堂国語辞典』(三省堂)は1960年、『岩波国語辞典』(岩波書店)は1963年。
編纂者のひとりに、日本の言語学者、民族学者として広く知られる、金田一京助氏(1882年5月 – 1971年11月)の名前もある。『新選国語辞典 第十版』(小学館, 2022年2月発行)の編者は、金田一京助・佐伯梅友・大石初太郎・野村雅昭・木村義之 各氏。
小学館の公式サイト(新選国語辞典 第十版 | 小学館)で、本書の内容に関して確認したところ、次の一文があった。
中学生から社会人まで幅広く使える国語辞典
収録語の解説では、正しい表現にすることと、曖昧な解釈を避けることを方針にしているのではないだろうか。このような編集が、中高生から社会人まで幅広く使えることに関係しているように感じた。
レビューを見ると、持ち運びしやすく、見やすいという意見が多い。『新選国語辞典』は、コンパクトで持ち運びやすい通常版(天地176mm×左右122mm、B6小判)のほかに、普通サイズに相当するワイド版(天地192mm×左右139mm)も刊行されている。
それから巻末の見返しでは、グラフを使って、日本語の分析をしている。『新選国語辞典 第十版』では、総語数93,910語のうち79,655語(84.8%)が、一般語であった。この場合の一般語とは、固有名詞・慣用句・古語・漢字字母・誤り語形などを除いたもの。
一般語の品詞別分類では、辞書に載っている日本語のほとんどが、名詞であることなどがわかる。一般語79,655語のうち64,670語(81.19%)が名詞で、6,829語(8.57%)が動詞。残りは、形容詞、形容動詞、副詞、造語成分、その他。その他には、代名詞・連体詞・接続詞・感動詞・助動詞・助詞・接頭語・接尾語・あいさつ語・連語がある。
一般語の語種別分類の内訳も示されている。これは、和語・漢語・外来語・混種語に分類した内訳。一般語79,655語のうち、和語が24,883(31.2%)、漢語が39,764語(49.9%)、外来語が8,555語(10.8%)、混種語が6,453語(8.1%)であった。
明鏡国語辞典(大修館書店)
『明鏡国語辞典』は対象を高校生としている。一般的な小型国語辞典に関しては、中学生から社会人まで幅広い年齢層を対象にするか、高校生を主な対象にするかのどちらかであろう。
また大修館書店は、高等学校の国語教科書の発行元として名を連ねている。「現代の国語」「言語文化」「論理国語」「文学国語」「古典探求」に加えて、「国語表現」「現代文A」「現代文B」「古典A」「古典B」の教科書も発行している。
編者の北原保雄氏(1936年8月 – 2024年2月)は、日本語学・言語学分野の教育研究に尽力され、古語辞典や国語辞典の編纂に功績を残された方。『日本国語大辞典 第二版』の編集委員でもある。
『明鏡国語辞典』の編者は北原氏お一人でした。今後の改訂については不明だが、どなたかが引き継がれるのではないだろうか。
『明鏡国語辞典 第三版』の収録語数と分量については以下の通り。
収録語数は約73,000語。
ページ数は1,992ページ。
『集英社国語辞典』と『新選国語辞典』と『明鏡国語辞典』の語釈を比較
項目を個別に見比べると、『集英社国語辞典』は百科事典的な国語辞典といえそうだ。対して、『新選国語辞典』は日常的に見聞きする言葉について丁寧に解説しているという印象を受けた。実際に言葉の解説を比較すると、特色の違いが分かる。
『明鏡国語辞典』は高校生向けの国語辞典であるが、基礎語の疑問に答えてくれる詳細な記述は特筆すべきと感じた。
百科事典的な要素を加えた『集英社国語辞典』
しこう【施行】名・他スル
①《文章》実際に行うこと。
②法令の効力を発生させること。
▽法律用語では「せこう」、仏教用語では「せぎょう」という。
—規則 法令の施行に関する細かな事柄を定めた規則
こうたい【交替・交代】名・自スル
互いに入れかわること。「選手—」「―勤務」
かえる【代える・換える・替える】他下一
① あるものと引きかえに何かを手に入れる。「円をユーロに—」
② だれかとあるものを取りかえる。交換する。「姉とセーターを—」
③ 古いものをやめて新しいものにする。入れかえる。「畳を—」
④ あるものをとりやめて、別のものにする。代理をさせる。「試験をレポートに—」
文 か-ふ 下二
※意味を①~④までの4つに分けて解説しているが、漢字の使い分けについては触れていない。
※複合語の「買い換え・買い替え」についての項目はない。
丁寧に正しい語釈を追求する『新選国語辞典』
しこう【施行】名 他サ
実地におこなうこと。実施。「―規則」
参考 法規に関しては「せこう」ともいう。「施行」は、公共機関の事業について使うことが多い。「施工」は工事に関することのみ。区別するために「施行(しこう)」「施工(せこう)」と言い分けることが多い。
こうたい【交代】名 自サ
①【交替】仕事や勤務がいれかわること。「三―制の作業」
②別の人がその仕事や地位につくこと。「投手の―を告げる」「会長が―する」
参考 国会などで一時的に正議長と副議長がかわる場合は「交替」、新議長が選出される場合は「交代」ということになる。新聞・放送では「交代」に統一している。
か・える 他下一
㊀【変える】これまでと違った状態にする。「気分を—」「態度を—」「音質を—」
㊁【替える・代える】これまでの物・人・場所などを別のものにする。「夏服を合服に—」「担当者を—」「行きつけの店を—」
㊂【換える・替える】物の所属を反対にする。とりかえる。「弟と部屋を—」「円をドルに—」
か・ふ 文語ハ下二
かい-か・える
【買(い)換える・買(い)替える】他下一
新たに買って前に使っていたものととりかえる。「パソコンを—」
買いかえ 名
かひか・ふ 文語ハ下二
疑問に答えてくれる『明鏡国語辞典』
高校生向けの『明鏡国語辞典 第二版』(北原保雄編, 大修館書店, 2010年12月1日発行)とも比較してみる。
施行については、『明鏡国語辞典』に特筆すべき情報が掲載されている。
しこう【施行】名・他サ変
①実際に行うこと。実施。
②公布された法令の効力を発揮させること。「条例を—」「新法が—される」「―規則」
▽「執行」と区別するために官庁などでは「せこう」ということが多い。
こうたい【交替・交代】名・自他サ変
その位置や役目などが入れ替わること。「選手が交替する」「議長[主役]が交代する」「役目を交替する」「交替で番をする」「交替要員」
表記 「交代」は、「世代交代」のように、その役目などが一回限りの場合に、「交替」は、「昼夜交替」「交替勤務」のように、繰り返される場合に使われることが多い。ただし絶対的なものではなく、「参勤交代」などは伝統的に「交代」を使う。
『明鏡国語辞典 第二版』には、か・える【替える・換える・代える】の項目に関して、詳細な記述があった。用例も明確に示されているが、省略する。下記の引用については、用例もあるという前提で目を通していただきたい。《表記 太字で示した表記が標準的だが、「換・替」はしばしば交替可。》という部分が該当する。
か・える
【替える・換える・代える】他下一
①[替]古いものを取り除き、新しいものをもってくる。入れ替えたり、取り替えたりする形で、他のものをもってくる。
表記(1)「代」「換」も使う。「代」は「交代」「代替」をふまえた書き方で、おおむね「替」と交替可。「換」は「交換」をふまえた書き方で、「レンズを換える」などと使う。
(2)まれに「更える」とも。
(3)取り替え・入れ替えの意が弱い、単なる変更の場合では「変」を使う。
②[換・替]あるものを取り除き、それに匹敵する他のものをもってくる。また、あるものをそれに匹敵する他のものと取りかえる。交換する。
表記 太字で示した表記が標準的だが、「換・替」はしばしば交替可。
③[代]あるものに他のものと同じ役目をさせる。
表現 「正式ではないが(と謙遜して)、代理代用として」という含みで使うことが多い。
④[代・替]《多く、「…に—・えても」の形で》…と引き替えにしても。…にかけても。
⑤[代]飲食物のおかわりをする。
♢「変える」と同語源。互いに入れ違う意を共有する「交う・買う」とも期限を同じくする。
文 か・ふ(下二)
名 かえ
かい-か・える【買い換える・買い替える】他下一
新しく買って、今までのものと取りかえる。「プリンターを—」
文 かひかふ(下二)
か・える【替える・換える・代える】の項目が示す通り、『明鏡国語辞典』における基礎語についての詳細な記述は、特筆すべき点である。実際は豊富な用例を提示しており、実用的だと感じた。
他の国語辞典でも、法律用語では「しこう(施行)」を「せこう(施行)」と読む慣例があることを記載していることが多い。
ただし、日常会話などでは「施行(しこう)」と「施工(せこう)」を区別するのが一般的であろう。
このように国語辞典においては、言葉一つを取り上げても辞典ごとに得られる教養が変わることがある。
3つの言葉を比較しただけでも、辞書の特色が何となくイメージできるのではないだろうか。
収録語数や分量の違いが生む情報量の差
『集英社国語辞典』と『新選国語辞典』は、小型国語辞典の中では収録語数が多いという共通点がある。ただし、実際に使用すると特色の違いが顕著になってくる。
『集英社国語辞典』は、小型国語辞典のようにコンパクトなサイズのまま、中型国語辞典のような情報を掲載していて、百科事典的な使い方もできる。対して、『新選国語辞典』は、日常的に使われる言葉について、丁寧に解説しているという印象を受けた。
この事については、『新選国語辞典』が対象を中学生から社会人までとしていることが関係しているだろう。また、『集英社国語辞典』に関しては、高校生から社会人までおすすめの国語辞典といえるかもしれない。
『集英社国語辞典』と同様に百科事典的な国語辞典に『角川必携国語辞典』(大野晋・田中章夫編, 角川書店)がある。こちらも高校生から一般社会人までが対象だ。
文章を扱う仕事をしている社会人は、おそらく『広辞苑』『大辞林』『大辞泉』『日本国語大辞典』など中型国語辞典や大型国語辞典を使用しているはずだ。また、携帯性という点に関しては、電子辞書や電子版アプリなどの利便性には太刀打ちできない。中型国語辞典や百科事典を電子辞書や電子版アプリで利用できる時代のため、小型国語辞典を持ち運ぶ必要性が薄れてきている。
それでも、類語国語辞典に関しては、紙の辞書のほうが断然使いやすく感じる。標準的な小型国語辞典に関しても読むように使う機会が増えそうだ。新語や俗語を採取する必要性もあると思うが、今の時代では追いつくのはなかなか難しいのではなかろうか。また、それこそインターネットで検索したほうが早いかもしれない。年配者や高齢者がテレビ番組を見ている最中に、分からない言葉が出てきて国語辞典で調べるというような機会も少なくなりそうだ。