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書物とことば

『アマテラスの暗号』伊勢谷武――歴史の深層に潜む「謎」に触れる旅

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評判がいい注目の小説らしい、という噂を知って、なんとなく手に取った一冊だった。Kindle Unlimitedに入っていたこともあり、まずは冒頭だけでも──と軽い気持ちでページをめくった。プロローグが終わり、本編に入ったあたりから、不思議な吸引力にとらえられ、結局そのまま一気に読み切ってしまった。伊勢谷武氏の『アマテラスの暗号』は、そんな「知的好奇心」に訴えかけてくる小説だ。

物語のあらすじについては詳述を避けるが、主人公は、ゴールドマン・サックスでデリバティブ・トレーダーとして活躍していたという異色の経歴を持つ男。ある死をきっかけに、日本各地を巡る旅が始まり、読者はともに神話や伝承の地を訪れながら、日本古来の記憶に潜んだ“ある暗号”を読み解くことになる。

本作の魅力のひとつは、その緻密に構築された歴史ミステリー性にある。神道や古代史にまつわる知識がふんだんに盛り込まれており、それらがフィクションとして絶妙にブレンドされている点が秀逸だ。300点を超える図版や写真も、読者の想像力を補強し、読み物というよりも、まるで知的探検の旅を追体験しているかのような没入感を与える。

著者・伊勢谷武氏は、金融業界に携わってきた人物だが、それを主人公に投影しつつ、それとは別に関心のある日本文化や神社を題材に選ばれた。今回の作品では、職歴のバックグラウンドを感じさせない、しなやかで探究心あふれる筆致が印象的だった。

特に興味を引かれたのは、古代の日本人とユダヤ人との関係についての記述である。これは個人的にも、過去に何度か耳にしたことがあるテーマだった。書中に登場する説のいくつかは、歴史的な事実とされる部分もあり、それが物語の真実味を支えている。ただ、どこまでが事実で、どこからが仮説・創作なのか、その境界線は曖昧だ。あるいは、それこそが本作の“暗号”なのかもしれない。

ユダヤ人だけでなく、ペルシャ人、スキタイ人、タタール人なども古代日本人と結び付けられることがある。文化的な影響なのか、あるいは実際に人々が渡来してきたのか──そこには興味深い問いが横たわっている。渡来人、秦氏、飛鳥時代に伝来したペルシャ文化、ポロと起源を同じくする馬術競技の「打毬(だきゅう)」、楽器の伝播。こうした事象はすでに歴史の教科書にも載っているが、本作が投げかけるのは「その先」にある、より根源的な問いである。

しかしながら、天皇家とそれらの古代民族とのつながりまで言い切ってよいのかとなると、やや慎重にならざるを得ない。著者も明確な結論を示しているわけではなく、むしろ読者に「謎として残す」ことを選んでいるように感じた。確たる証拠が存在しない以上、この議論は永遠に“謎”のままであり続けるのだろう。

『アマテラスの暗号』は、そんな“解かれない謎”を前提にしながらも、知的好奇心の種を豊かに撒いてくれる一冊だ。古代日本人とユダヤ人との関係に関心を持つ読者、自らの知見を交えながらその可能性について思索したい読者にとって、本書は格好の入口になるだろう。

ただし、注意しておきたいのは、これはあくまでエンターテインメント小説であるという点だ。真実を断言するための証明書ではない。そのうえで、もし心のどこかで「もしかしたら…」というささやかな好奇心が芽生えたなら、本書はきっと、あなたを魅了してやまないだろう。

アマテラスの暗号(伊勢谷武)

書誌情報

書名:アマテラスの暗号
著者:伊勢谷武
発売年月:電子書籍(Amazon Kindle)2019年3月/単行本(廣済堂出版)2020年10月/ペーパーバック(Independently published)2024年1月/文庫本<上・下>(宝島社文庫)2024年3月
ページ数:単行本 536ページ
ジャンル:歴史ミステリー小説

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