この記事では、山田詠美さんの短編小説集『珠玉の短編』について、そのテーマや物語の魅力をさまざまな角度から掘り下げていきます。
珠玉の短編 山田詠美・著
書誌情報
書名:珠玉の短編
著者:山田詠美
出版社:講談社
初出
山田詠美さんの短編集『珠玉の短編』は、2016年6月に講談社より刊行されました。全11編を収録しています。その内の一編「生鮮てるてる坊主」は、第42回(2016年)川端康成文学賞受賞作。初出は次の通りです。
- 「サヴァラン夫人」…「文學界」2015年1月号
- 「珠玉の短編」…「新潮」2014年6月号
- 「箱入り娘」…「群像」2016年2月号
- 「自分教」…「群像」2015年1月号
- 「生鮮てるてる坊主」…「群像」2015年9月号
- 「骨まで愛して・・みた」…「群像」2015年12月号
- 「命の洗濯、屋」…「群像」2015年7月号
- 「蛍雪時代」…「群像」2016年4月号
- 「虫やしない」…「文學界」2014年3月号
- 「鍵と鍵穴」…「新潮」2013年5月号
- 「100万回殺したいハニー、スウィート ダーリン」…「小説現代」2014年12月号
そして本書の最後に、「言葉用重箱の隅つつき病 — あとがきにかえて」。
ユーモラスで深みのある11編
すべての作品において、変化に富んだ文体、ユーモラスな語り口などが印象的であった。
何事も、不幸な過去でさえ、笑い飛ばしてしまう語り口は、ユーモアたっぷり。文体が作品ごとに微妙に変化する。リアリティーを追求するのではなく、共通しているのはブラックユーモア。収録作はバラエティーに富んでいて、性愛についての話が多い。それから苛めについて。
「サヴァラン夫人」の主人公・マリは女子高生。小さな頃からのマリの憧れであった母の友人の夏子は、精神科の医師から占い師に転職。高校生になったマリは、夏子の手伝いをするようになる。だが、夏子は占い師を辞めて男の許に。放り出されたマリは復讐を決行。
表題作「珠玉の短編」では、小説家が創作する際の葛藤? のようなものをユーモラスに描いている。本編の主人公は、小説家の夏耳漱子。担当編集者が彼女の作風とはかけ離れた惹句を付けた。
「箱入り娘」は、小学4年生の女の子の話。読み進めると、苛めについて!? の話であった。主人公は、傷つくことがあっても、耐える。
「自分教」の主人公・神戸美子も、幼い頃から理不尽な扱いを受けてきた。学校での苛め、叔父からの性的悪戯。神戸美子は、変わっているので、それが原因なのかもしれない。それがある時を境に、苛めがなくなる。美子によれば、みこちゃん教を開くまで。苛めの加害者や叔父が亡くなった。これは妄想!? 天罰!! それとも偶然が重なったことによる勘違いなのだろうか。
「生鮮てるてる坊主」は、他の作品に比べ少しシリアスに物語が展開する。主人公の名前は奈美。一人称の「私」による語りで物語は進む。奈美には、親しい夫婦がいた。勝見孝一とその妻の虹子。奈美は、虹子より孝一の方に強い親近感を覚えていた。深い友情を感じていた。突飛な虹子の言動と、まともそうに見える奈美と孝一。どちらが正しいのか。落ちも完璧だった。
「骨まで愛して・・みた」の主人公の名前は、水野茂生。最愛の妻・美保が亡くなって10年。茂生は、桂子という女性と再婚した。
「命の洗濯、屋」は奇想天外な話であった。一家で商売をしている。ずばり、命の汚れを落とす洗濯屋。
「蛍雪時代」も奇抜な話。フェティシズムの話であった。主人公の蛍子は、事務の仕事をしている。25歳になったばかりの頃に、取引先の営業担当に食事に誘われ、思いもよらない体験が始まる。
「虫やしない」は、さらに奇想天外。珠美とその母親、人間の欲望についての話。珠美の母親の、ものすごい食欲と性欲、それらが満たされたあとの睡眠欲。これらが人並外れている。特に性欲に関しては、珠美をほとほと困らせた。だが実は娘も似たり寄ったり。
「鍵と鍵穴」に関しては、苛めというより、拒絶される主人公の坂元守に原因があるのは明らか。一方的な思い込みや勘違いにより事件を起こしてしまう人物。このような殺人事件は、なぜ起こるのだろうか。精神異常者による犯罪。罪のない人を殺して、自殺しようとするが、自分は助かる。原因は幼稚性!?
「100万回殺したいハニー、スウィート ダーリン」は、ホステスの明美が主人公。「私」という一人称で書かれている。明美は、キャバクラで働くには、少しばかりとうが立ってきた。そして美樹生というホストと付き合っている。明美は美樹生から「100万回生きたねこ」という絵本をプレゼントされた。
語り口が軽快で、文章のリズムや流れのよさに感心した。くだけた文体が印象的だった。書かれている内容や物語の展開とも合っている。柔らかいというか、親しみやすいとか、逆に毒舌的とも取れる。言葉の一つひとつ、そして組み合わせなどが自然なので、読みやすく分かりやすい。文末は変化に富み、単調さを感じることはない。川端康成文学賞を受けた「生鮮てるてる坊主」以外の短編も同様だ。