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『蒼氓』石川達三 ‐ 社会派作家の視線は民衆に向けられていた【書評】

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この記事では、石川達三氏(1905-85)の小説『蒼氓』について、そのテーマや登場人物、物語の魅力などを紹介します。

蒼氓 石川達三・著

蒼氓(石川達三, 秋田魁新報社)の表紙
出典:Amazon

書誌情報

書名:蒼氓
著者:石川達三
出版社:改造社/新潮社/秋田魁新報社
発売年:改造社(短編集) 1935年/新潮社(蒼氓 三部作) 1939年/新潮文庫 1951年/秋田魁新報社 2014年
ページ数:新潮文庫 254ページ/秋田魁新報社 288ページ

社会派作家の視線は民衆に向けられていた

石川達三氏(1905-85)の小説『蒼氓』は、1935(昭和10)年の第1回芥川賞受賞作である。石川氏は秋田県出身の作家。

作品の冒頭は、1930(昭和5)年、神戸の国立海外移民収容所。これから900人以上の移民希望者が、ひと月半かけて、ブラジルのサンパウロ州にある港湾都市、サントスへ向かう。
1935年発表の短編小説『蒼氓』には、出向までの8日間が描かれている。その後、石川氏は、第2部「南海航路」、第3部「声無き民」を執筆し、1939年に長編小説として発表した。

石川氏は、作品の舞台と同年の、1930年に移民監督者として移民船「ら・ぷらた丸」で、ブラジルへ渡航した。本作は、小説のモデルとなる民衆と真正面から向き合った経験を生かし、卓越した観察力で描かれている。

本作のベースには、実体験がある。深層には石川氏の強い正義感もあるようだ。本作の登場人物の多くは、石川氏の出身地である秋田県をはじめ全国から集まった、ブラジルへの移住を希望する極貧の農民である。彼らの会話は、出身地の方言。石川氏は、彼らに焦点を当てて『蒼氓』を執筆した。

蒼氓という言葉を、もう少し簡単に言い換えると民衆という言葉になる。石川氏は、国策に翻弄され故郷を離れ未知のブラジルの地へ向かう、民衆の存在を本作で伝えたかったのであろう。そして当時の読者の心をつかみ、高く評価されたのだ。

石川氏は、ブラジルに渡航し数カ月、日本人農園に滞在してから帰国した。石川氏は、芥川賞受賞後、ブラジル移民の現実を知る。そして1939年に、船内での生活を描いた第2部「南海航路」、ブラジルの地で働きだそうとする姿を描いた第3部「声無き民」を加え、長編小説として発表したのだ。

小説『蒼氓』は、石川氏の出身地秋田で地方紙を発行している秋田魁新報社によって、2014年に単行本として復刊された。本書には「蒼氓」3部作全てが収録されている。
分量としては、第1部「蒼氓」が88ページ、第2部「南海航路」が122ページ、第3部「声無き民」が50ページ。

第3部「声無き民」の結末の場面は、農場に来て三日目の朝、初仕事の日である。すでに家族五人は、与えられた粗末な家で生活を始めていた。この五人は、ブラジル移民になるために結ばれた、婚姻関係により成立した家族である。これは、頻繁に行われていたこと。男3人が肩を並べて農場へ向かう。そして老女とその嫁が、3人を見送る場面で終わる。

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