この記事では、村上春樹さんの小説『回転木馬のデッド・ヒート』について、そのテーマや登場人物、物語の魅力をさまざまな角度から掘り下げていきます。
回転木馬のデッド・ヒート 村上春樹・著
書誌情報
書名:回転木馬のデッド・ヒート
著者:村上春樹
出版社:講談社
発売年月:単行本 1985年10月/文庫本 1988年、文庫本(新デザイン)2004年10月/電子書籍 2017年12月
※この作品は1985年10月に講談社から単行本として刊行され、1988年に文庫版が刊行、2004年10月に新デザインに。
収録作品
はじめに・回転木馬のデッド・ヒート
レーダーホーゼン
タクシーに乗った男
プールサイド
今は亡き王女のための
嘔吐1979
雨やどり
野球場
ハンティング・ナイフ
紙書籍
電子書籍
人々から聞いた8つのスケッチ
村上春樹さんの短編集『回転木馬のデッド・ヒート』には、講談社の文芸PR誌『IN★POCKET』での連載作品を元にした、「タクシーに乗った男」「プールサイド」「今は亡き王女のための」「嘔吐1979」「雨やどり」「野球場」「ハンティング・ナイフ」の7編および、書き下ろしの「はじめに・回転木馬のデッド・ヒート」「レーダーホーゼン」の2編の、計9編が収録されています。
「はじめに——」を除く8編は、人々から聞いた話という設定で書かれていて、聞き手が話し手から「村上さん」と呼ばれる場面も何度かあります。村上春樹さんは、収録された一連の文章を仮の呼称としてスケッチとしています。
「はじめに・回転木馬のデッド・ヒート」には、次のようなことが書かれています。スケッチと呼ぶ一連の文章は長編にとりかかるためのウォーミング・アップのつもりで書きはじめたので、活字にするつもりはなかった。しかしながら、書き進んでいるうちに、話してもらいたがっていると感じられてきた、と。また、村上春樹さんは自分の話をするよりは他人の話を聞く方がずっと好きとも。村上春樹さんがこられの文章をスケッチと呼ぶ理由は、小説でもノン・フィクションでもないから。
マテリアルはあくまで事実であり、ヴィークル(いれもの)はあくまで小説である
『回転木馬のデッド・ヒート』(村上春樹, 講談社文庫)の「はじめに・回転木馬のデッド・ヒート」より
「回転木馬のデッド・ヒート」というタイトルは、人生の譬え。人生というものはメリー・ゴーラウンドに似ていて、定まった場所を定まった速度で巡回しているだけであっても、我々はそんな回転木馬の上でデッド・ヒートをくりひろげているのかもしれません。
「はじめに——」の次に収録されている、もうひとつの書き下ろし短編「レーダーホーゼン」は、一連のスケッチのようなものを書く切っ掛けになった、「僕」の妻のかつての同級生の話です。読み終えると、小説を書く意義の理解につながりそうな短編でした。「野球場」をはじめ、他の短編についても同様に、小説を書くという行為への考察につながるかもしれません。
村上春樹さんの8つのスケッチでは、さまざまな気質の人物が描かれています。異常なまでに開放的であったり、逆に陰気な性向であったり、あるいは一見成功者に見えるが裏の顔があったり。そのため、8つのスケッチの中には、自分や知人、かつての同級生や同僚に似た人物がいるかもしれません。あるいは、学生時代の知り合いに登場人物に近い人がいたが、その後はどういった人生を送ったのだろうかなど、それぞれの短編から感じ取れることがありました。ただし、一般的に言えば常識を逸脱した人物の身に起こった天罰のような話や、背徳行為といえそうな話もあります。