この記事では、橋本陽介氏の著書『ノーベル文学賞を読む ガルシア=マルケスからカズオ・イシグロまで』について、その概要をご紹介します。
ノーベル文学賞を読む ガルシア=マルケスからカズオ・イシグロまで 橋本陽介・著
書誌情報
書名:ノーベル文学賞を読む ガルシア=マルケスからカズオ・イシグロまで
著者:橋本陽介
出版社:KADOKAWA(角川選書)
発売年月:2018年6月
ページ数:270ページ
Cコード:C0390(文学総記)
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電子書籍
まだ読んでいない方を対象にノーベル文学賞受賞者の作品を紹介
本書は、表題に強く惹かれて購入した本である。著者の橋本陽介氏は、1982年埼玉県生まれの、日本の比較文学者。専門は、中国語を中心とした文体論、テクスト言語学のようだ。橋本陽介氏の『物語論 基礎と応用』(講談社)を拝読しており、著者の本は2冊目だが、こちらも専門分野を生かした内容であると感じた。
本書の「はじめに」には次のようなことが書かれている。本書の第一の目的は、ノーベル文学賞を受けた作家の作品をできるだけ多く紹介すること。本書では、1980年代以降に小説でノーベル賞を受けた作家の作品が紹介されている。ノーベル文学賞が話題になっても、文学そのものが注目されていない。受賞した作家の作品自体が注目されることが少ないのが残念。ノーベル文学賞の水準は高く、全体的にどれもおもしろい。読まれないのはあまりにももったいないと、著者の橋本陽介氏は仰っている。
外国文学に関しては、古典の需要があっても、現代の作品はそれほど売れていない。また、ノーベル文学賞を受けた作家の作品であっても、翻訳されていないことも多いようだ。
古典については、学生時代に授業などで紹介されるが、現代の作品になると関心の度合いに個人差が大きいのではないだろうか。ノーベル文学賞を受けた著者であるかを問わず、古典として親しまれてきた外国の文学作品には、それだけの知名度と魅力があるということも確かだろう。ただし、もっと外国文学を知りたい読みたいとは思っているなら、ノーベル文学賞を受けているという事実は本を選ぶうえでの大きな選択肢のひとつになりそうだ。
著者は、本書を世界の文学への門戸を開くための入門書として提示したい、と述べている。20世紀後半以降、どのようなテーマが扱われているのか。小説に限らず、書かれていることのテーマを理解することは重要である。著者は、現代における小説の潮流を伝えることを、第二の目的とした。
ノーベル文学賞は存命の方が対象であるから、現代社会に対するノーベル賞作家の優れた視座を知ることは、読者にとって意義が大きい。1980年代以降の受賞者であれば、私にとっては同じ時代を生きていた、もしくは生きていることになる。よって同じ時代を生きた文豪が、どのような見識と教養でその時代を表現したのか、非常に興味深い。
著者は、小説言語の言語学的分析を専門としている。ゆえに、テーマとして「何が書かれているか」だけでなく、「どのように書かれているか」にも着目したい、と述べている。何かを書くときには、得意分野の話が多くなるのは当然かもしれない。あるいは、近年の文学において、「どのように書かれているか」を重視する傾向が強くなったことが影響しているのかもしれない。橋本陽介氏は第三の目的を、ノーベル賞作家の小説から、小説構造や文体をはじめとする技巧面、言語芸術としての作家独自の小説言語、小説の構成などを詳しく考えることとしている。
また、橋本陽介氏は、文学は独創と思われがちだが、本当の新しい部分はごくわずかで、優れた作家ほど先行する作家の技術を吸収していると、述べている。そうした面も考えてみたい、とのこと。
ただし、「何が書かれているか」が重要であることは、今でも同じであろう。多くの文学研究では小説作品の解釈が中心となることが多い。対して、本書では解釈の深いところには入っていない。本書の購入をお考えの方は、この点を理解しておく必要がある。
というより、本書はまだ作品を読んでいない方を対象にしている。実際に作品を読もうとする方の、興をそぐことになっては元も子もない。深い解釈は読者自身で行っていただきたいとのことである。よく言われる小説や映画などのネタばらしの話に通じる。
また、本書の「終わりに」において、上梓されるまでの経緯について書かれているが、橋本陽介氏ご本人は当初、作品解釈や文学理論全般その他にも踏み込むつもりだったらしい。しかし、KADOKAWAの担当者から、技巧に絞ってほしいとの要請を受けたとのこと。
最後に、本書で取り上げているノーベル賞作家の名前を列挙する。