小説

『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ ‐ 声なき声に耳を傾け、受け止める【書評】

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この記事では、町田そのこさんの小説『52ヘルツのクジラたち』について、そのテーマや登場人物、物語の魅力をさまざまな角度から掘り下げていきます。

52ヘルツのクジラたち 町田そのこ・著

52ヘルツのクジラたち/町田そのこ
出典:Amazon

書誌情報

書名:52ヘルツのクジラたち
著者:町田そのこ
出版社:中央公論新社

紙書籍

声なき声に耳を傾け、受け止める

町田そのこさんの長編小説『52ヘルツのクジラたち』は、中央公論新社から2020年4月に刊行されました。印象的な「52ヘルツの鯨」の実話。さまざまな社会問題で苦しんでいる人々の、声なき声。世の中をもっと真剣に考えるきっかけになりそうな一冊です。

本書のタイトルになっている「52ヘルツの鯨」について、ご存じでしょうか。普通の鯨の鳴き声に比べて、52ヘルツという周波数は遥かに高い。確認できたのは鳴き声だけで、しかも一頭。声の周波数が違うため、いくら鳴いてもほかの鯨には聞こえない。町田そのこさんが、「52ヘルツの鯨」の話を知ったのは、デビュー作の執筆のために、海洋生物について調べていた時のこと。面白いエピソードだと思い、掘り下げてしっかり書いてみたいと、しばらく置いておいた題材。

町田さんは、孤独な52ヘルツの鯨と虐げられた人々を重ねた。児童虐待、DV、トランスジェンダーなど、さまざまな社会問題で苦しんでいる人々の存在に気づいて欲しい、声なき声に耳を傾けてほしい、そして当事者の後押しになればという思いで、本書は書かれているのであろう。児童虐待は難しい社会問題であるが、町田さんは現実の社会問題として、物語の中心的なテーマに取り上げられた。児童虐待という被害に遭った経験がなくても、ニュースでは頻繁に見聞きする。それらは、ほんの一部かもしれない。苦しんでいる人々のことを真剣に考え続けていなければ、書くことができない深刻な社会問題である。

主人公の三島貴瑚は、子どものときに親からの虐待を受けていた。高校を卒業して就職しようとしていた矢先、義父が難病を発症。母親から義父の介護要員にされてしまう。貴瑚は、逃げ出さずに母親に従う。そんな彼女と偶然再会した高校時代の友人・牧岡美晴と、美晴の同僚・岡田安吾は、見かねて助けの手を差し伸べる。ようやく実家を離れ、第二の人生を歩み始めた貴瑚であったが、再び不幸に襲われ、田舎の一軒家に引っ越す。そこで一人の少年と出会う。貴瑚はその少年の様子から、虐待されていることに気づく。

本書に書かれていることは、ひとつのストーリー。世の中で起こった事件においては、当事者が置かれている環境はさまざまであが、共通することもあるかもしれない。母子家庭の母親が再婚して、虐待が深刻になっていくケースは、実社会でも多いようだ。かといって親が再婚したことで、幸せな生活が訪れることもあるだろう。児童虐待、DV、ストーカーという社会問題に対して、なぜか公的機関でさえ介入できないことがある。とくに児童虐待に関しては、保護者である親と子どもという関係や、子どもの将来などから、介入が難しいようだ。子どもが声を上げて、助けを求めることができない、という問題もある。大人でも同じことが言えるかもしれない。

なぜ児童虐待が起きるのか、どうすれば解決できるのかを考える必要もあるが、まずは声なき声に気づいてあげなければならない。そして受け止めることが必要。主人公と同じ行動を取る必要はないし、同じ方法で解決するとは限らないが、現実の社会問題にもっと目を向けたい。印象的な「52ヘルツの鯨」についての実話を重ねることで、ストーリーが鮮明になり、「声なき声に耳を傾けてほしい」という思いが伝わってきた。世の中をもっと真剣に考えるきっかけになりそうな一冊である。

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