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『サピエンス全史:文明の構造と人類の幸福』ユヴァル・ノア・ハラリ 簡潔でいて奥深い人類史【書評】

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この記事では、ユヴァル・ノア・ハラリ氏の著書『サピエンス全史:文明の構造と人類の幸福』を紹介します。

サピエンス全史 ユヴァル・ノア・ハラリ 著

サピエンス全史/ユヴァル・ノア・ハラリ
出典:Amazon

サピエンス全史:文明の構造と人類の幸福

原題:Sapiens:A Brief History of Humankind
著者:ユヴァル・ノア・ハラリ
翻訳:柴田裕之
出版社:河出書房新社
発売年月:単行本 2016年9月/文庫本 2023年11月/電子書籍 2023年11月
ページ数:単行本上巻 272ページ/単行本下巻 296ページ/文庫本上巻 360ページ/文庫本下巻 400ページ/
Cコード:C0022(外国歴史)

簡潔でいて奥深い人類史

ユヴァル・ノア・ハラリ氏の『サピエンス全史:文明の構造と人類の幸福』は、柴田裕之氏の訳で河出書房新社より2016年9月に刊行された。歴史を人類の進化という視点からまとめあげている。間違いなく読者の視野を拡げてくれるだろう。

およそ135億年前の、いわゆるビッグバンによって、物質とエネルギーが現れ、時間と空間が誕生した。この物理的現象の始まりが、すべての始まり。
この30万年ほど後、物質とエネルギーは融合し始め、原子を成し、その原子が結合して分子ができた。この相互作用の始まりが、化学的現象の始まり。

地球という惑星が形成されたのが45億年前。
さらに38億年前、この地球上で特定の分子が結合し、有機体を形作り生物学的現象が始まった。

この段階から人類の歴史を考える機会を得たことは、とても感慨深い読書体験であった。

ヒトとチンパンジーが最後の共通の祖先から分かれたのが600万年前。
250万年前にアフリカでホモ(ヒト)属が進化する。
石器が見つかっている。

200万年前に人類がアフリカ大陸からユーラシア大陸に拡がり、異なる人類種が進化。
30万年前には火が日常的に使われるようになった。

そして20年前、東アフリカでホモ・サピエンスが進化。
我々人類の祖先である。

7万年前に認知革命が起こる。
虚構の言語が出現したのだ。
人類の歴史的現象と飛躍が始まった。

ホモ・サピエンスはアフリカ大陸の外へ拡がる。
いわゆる出アフリカ。

本書は4部構成となっている。
「第1部 認知革命」「第2部 農業革命」「第3部 人類の統一」「第4部 科学革命」。
第3部の人類の統一とは、貨幣と帝国と宗教の3つの要素によるもの。

1万年前に農業革命が起こった。
人類は農耕・牧畜の手法を習得する。
同時に過酷な運命に遭遇することになってしまう。
種類と栄養の面で劣る食糧。
狩猟採集民以上に働かなければならない。
病気や搾取の危険も増す。

人類の心身は、本来、狩猟採集生活に適していた。
それにもかかわらず、まずは農業へ、次いで工業へと移行する。

500年前に科学革命が起こる。
200年前に産業革命が起こる。

農業文明社会から工業文明社会への移行。
つまり工業化。
とくに手工業生産から工場制生産への変革。
これにより経済・社会構造の大変革が起こる。

農業の工業化以前は、ほぼすべての社会において、農民が人口の9割以上を占めていた。
農業の工業化以降は、しだいに農民が減ってゆく。
工場やオフィスに人手と頭脳が回された。
農業の工業化がなければ、都市での産業革命は起こらなかったといえるであろう。

農業社会では人間や動物の筋力か、風力、水力など、自然の力に頼っていた。
生活のための熱エネルギーは主に薪炭。
対して工業化では、石炭やガス、石油といった再生不可能な化石燃料へ移る。

そして今日があり、未来に続く。
資本主義・消費主義の時代。
2022年現在、再生可能エネルギーを普及させることが世界的な使命と考えられるようになった。

近代以前の支配者は、支配の正当化と社会秩序の維持のために、聖職者や哲学者、詩人にお金を与えていた。
しかし過去500年間に、人類は科学研究に投資してきた。

近代科学は人類が無知であることを気づかせた。
重要な疑問の数々を知らないという、重大な発見。

無知を認め、新しい知識の獲得を目指すことで、観察と数学が中心となり、その結果を説にまとめあげ、新しい力の獲得、とくに新しいテクノロジーの開発を目指すようになった。

そして資本主義と産業革命が到来した頃、科学と産業と軍事のテクノロジーが結びつき、世界が一変した。

科学は重要なものと位置づけられ、帝国と融合してゆく。
テロリズムに対して、今日ではテクノロジーが政治よりも重要な解決策となり得る。

近代科学は、従来の知識の伝統の形とは異なる。
これが500年前に起きた科学革命。
人間が死ぬのは、神々がそう定めたからではない。
科学者にとって、死は技術上の問題であり、病気は技術上の不具合。

科学はこの世に何があり、どのような仕組みになっているかを説明できる。
場合によっては、科学は未来に何が起こるかの説明もできるであろう。

しかし未来に何が起こるべきかという疑問に対してはどうか。
科学にはその答えを知る資格はない。
宗教とイデオロギーだけが、答えようとする。

近代前期まではアジアが世界の中心であった。地中海地方のオスマン帝国、ペルシアのサファヴィー帝国、インドのムガル帝国、中国の明朝と清朝。アジアは世界経済の8割を担っていた。
ヨーロッパ資本主義の出現はアジアの経済発展に結びついていた。

ヨーロッパ人がアジアの列強を戦争で倒し領土を征服できたのは、科学者の功績があったことは間違いない。
近代後期に成功した帝国は例外なく、刷新されたテクノロジーを大きな拠り所とした。
そしてもう一つの重要な力が資本主義。
ヨーロッパでは、国王や将軍がしだいに商業的な考えをし始めた。

近代になると、資本主義を信奉するエリート層が貴族に取って代わった。
科学者たちは新たな発見をしたり斬新な装置を考案したりした。
人類の経済は飛躍的に成長する。

ただし自由市場資本主義には重大な欠点がある。
利益を得たり分配されたりする方法が、公正に行われるという保証がない。
それどころか、利益に取り憑かれ、強欲になった資本主義は、膨大な数の人間を死に至らしめた。

なかなか改善されない資本主義の倫理観であったが、共産主義への恐怖という形で多少の歯止めはかかった。
だが21世紀の現在、破綻した共産主義を再び試そうという気にはならないし、資本主義なしでは生きていけない。

20世紀になると、ヨーロッパ諸国の覇権が崩壊する。
要因の一つとなったのは、非ヨーロッパ文化にもグローバルな視点が取り入れられたこと。
あるいは反植民地主義の世界的なネットワークや世界的大義。
帝国の大半は平和的な撤退を選択した。

産業革命は、人類の生産性を飛躍的に向上させただけでなく、人間社会に変革をもたらした。
その社会変革とは、家族と地域コミュニティの崩壊および、それに代わる国家と市場の台頭。
親密な地域コミュニティは、認知革命と農業革命が起こっても、変わらずに人間社会の基本構成要素であり続けていた。
産業革命の後、コミュニティが果たしてきた役割の大部分は国家と市場に移る。
国民と消費者という想像上のコミュニティ。
さらには国民のコミュニティが影を潜めていく。
消費者としての習慣や関心が同じであれば、そのコミュニティの一員にはなれるのかもしれない。

文明社会は、例外があるにしても原始社会より格段に安全だ。
国家と市場の台頭は、家族やコミュニティに依存せずに、個人として生きていくには都合がよい。
過去200年の間に近代医療が著しく進歩した。
大規模な飢饉がほぼ一掃された。
現代の日本社会は治安がよい。

祖先たちは、コミュニティや宗教、自然との絆に満足を見出していた。
家族や親密なコミュニティは、幸福感に大きな影響を及ぼす。
しかし物質面における過去200年の劇的な改善は、家族やコミュニティの崩壊によって相殺されてしまった。

社会的、倫理的、精神的要因は、物質的な条件と同じように、幸福に重大な影響を与える。
これは哲学者や聖職者、詩人たちが何千年も思案を重ねてきた結論。

心理学者や生物学者は、幸福について科学的な解明に取り組む。
彼らは被験者に質問票を渡し、その回答を記録する。

社会科学者は幸福を社会経済的要因と関連づける。
生物学者は生化学的要因や遺伝的要因と結びつける。

生物学者は、外部的要因より、神経や生化学物質などに着目する。
幸福と不幸は、生存と繁殖のために進化の過程でもたらされ、遺伝的に受け継がれる役割のひとつに過ぎないらしい。
妊娠可能な女性との性交によって、与えられる快感もその一例。

死後の世界を考えるとき、中世の祖先たちは宗教という集団的妄想の中にいた。
科学的な視点から言えば、人類は進化の過程の所産ということになるだろう。
人生の意義はたんなる妄想にすぎないのだろうか。

現代の最も支配的な宗教やイデオロギーは何か。
それは自由主義であり、個人の主観的感情だ。
自由主義は自分自身で考えることを促す。

歴史上、大半の宗教やイデオロギーは客観的な尺度を主張してきた。
凡人の感情や嗜好は信用しない。
人間を他の生物と同じように考えれば、自分の遺伝子の複製のために有利な選択をする。
宗教や哲学の多くは、幸福に対して自由主義とは全く異なる探求をした。

記述によって過去の事実を知ろうとするのが歴史学。
未来はどうなるのか。

地球上の生物は、過去40億年近くにわたって、自然選択の影響下で進化してきた。
今日、遺伝子工学を使って生き物の操作が可能となった。
生命の法則が変わる。
人類にも手を加え、ホモ・サピエンスではなくなる可能性があるのだろうか。

さらにはサイボーグ工学。
有機的な器官と非有機的な器官を組み合わせた生物。
たとえば、バイオニック・ハンドの装着。
最先端技術を活用した補聴器等も含まれる。

そして完全に非有機的な存在。
コンピュータープログラムが独自に進化できるなら、明白な例といえるであろう。

歴史を学ぶと視野が拡げる。
歴史学とはこういった学問なのであろう。
未来には多くの可能性がある。

サピエンス全史/ユヴァル・ノア・ハラリ
出典:Amazon
書誌情報

書名:サピエンス全史:文明の構造と人類の幸福(原題:Sapiens:A Brief History of Humankind)
著者:ユヴァル・ノア・ハラリ
翻訳:柴田裕之
出版社:河出書房新社

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