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『百年泥』石井遊佳 ‐ 人生は不特定多数の人々の記憶の継ぎ合わせ【書評】

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この記事では、石井遊佳さんの小説『百年泥』について、そのテーマや登場人物、物語の魅力をさまざまな角度から掘り下げていきます。

百年泥 石井遊佳・著

百年泥(石井遊佳, 新潮文庫)の表紙
出典:Amazon

書誌情報

書名:百年泥
著者:石井遊佳
出版社: 新潮社
発売年月:単行本 2018年1月

人生は不特定多数の人々の記憶の継ぎ合わせ

石井遊佳さんの小説『百年泥』は、2017年に第49回新潮新人賞を受賞し月間文芸誌『新潮』に掲載され、第158回芥川賞を受賞した作品である。新潮社から単行本が刊行されたのは2018年1月。125ページの分量である。石井遊佳さんは1963年大阪府枚方市生まれ。

小説の舞台はインド、タミル・ナードゥ州チェンナイ市。著者が実際に暮らしている街だ。日本語教師の経験があるのも主人公と同じである。石井遊佳さんは、本作の着想を実体験から得た。

主人公の「私」の仕事は、インドでIT会社の社員に日本語を教えること。その会社は、日本企業との取り引きが多く、東京・大阪・福岡に支社がある。
「私」がインド行きを決意したのは、多重債務を返済するためであった。借金の原因になったのは、当時、つきあいだして半年ばかりの男。サラ金で借りたお金を男に渡したほか、男が勝手に彼女の名義と国保コピーを使い、十数社から借り倒し、そして消えた。元夫に相談しに行ったら、インドでの日本語教師の仕事を紹介されたというのが、冒頭の筋書きである。

「私」は、南インドの生活を始めてから三カ月半にして、大洪水に遭う。百年に一度の洪水であった。洪水三日目、道路や橋の車道の脇は、泥まみれのゴミの山。
自宅アパートから会社への通勤では、洪水のあったアダイヤール川に架かる橋を渡らなければならない。アダイヤール川は都会のドブ川のため、強烈な腐敗臭がする。橋の上の泥山は、川底から攪拌された百年泥。見物人でごった返している。
悪臭と人込みで気が遠のくなか、「私」は目の前の世界の異変に気付く。まるで百年泥から記憶を掘り当てるような光景。本作は現実と空想の世界が錯綜するような物語である。

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