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『ノワールをまとう女』神護かずみ ‐ 裏稼業が生業のヒロイン【書評】

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この記事では、神護かずみさんの小説『ノワールをまとう女』について、そのテーマや登場人物、物語の魅力をさまざまな角度から掘り下げていきます。

ノワールをまとう女 神護かずみ・著

ノワールをまとう女(講談社文庫/神護かずみ)
出典:Amazon

書誌情報

書名:ノワールをまとう女
著者:神護かずみ
出版社:講談社
発売年月:単行本 2019年9月/文庫本 2021年9月/電子書籍 2021年9月
ページ数:単行本 322ページ/文庫本 400ページ

裏稼業が生業のヒロイン

神護かずみさんの小説『ノワールをまとう女』は、2019年度の第65回江戸川乱歩賞受賞作である。応募時のタイトルは「NOIRを纏う彼女」であったが、単行本化の際に改題。
「NOIR」はフランス語で、「黒い」あるいは「暗い」という意味。この言葉は、本作の主人公、西澤奈美の人生や小説の世界観を表している。

本作の著者である神護かずみさんは、1960年愛知県生まれの男性。化学品メーカーに35年間勤務。1996年にすでに小説家デビューは果たしている。

本作は大手企業と裏社会の繋がりを描いた推理小説。リアリティーよりもエンターテインメント性を重視した作品のように感じた。女性が主人公のハードボイルド的なミステリー小説と言っても差し支えないであろう。
主人公の生業は現代社会の裏稼業。スパイ活動等を行う。探偵業や便利屋などでもなく、どちらかというと裏社会的な仕事。ならず者を描きながら、辛辣に社会を風刺した小説のようにも感じた。

企業不祥事への抗議活動などが拡がった際に、その火消し役となるのが主人公である西澤奈美の仕事。この仕事を始めたきっかけは、原田哲という男との出会い。彼こそが黒幕のボスである。原田は、かつて総会屋であった。
総会屋は、一般的には社会悪のような存在であった。原田は、商法改正ののちに転身し、この裏稼業を始めたのだ。選考会では、総会屋についての本作の記述はリアリティーに欠けるという意見が出たようである。
選評では、登場人物の設定やストーリーが面白いという意見が多かった。反面、闇社会に生きる人間の描写が物足りないという意見も出たようだ。
江戸川乱歩賞になると選考委員の指摘も厳しい。選考委員は、描写の杜撰さや認識間違いや考察不足などの欠点が気になれば、当然のように厳しく指摘する。

物語は次のような出来事から始まる。西澤奈美は、日本有数の医薬品メーカーである美国堂の市川進という人物から、抗議活動への対応についての相談を受けた。市川の肩書きは、コーポレートコミュニケーション部次長。広報部のような部署である。
発端は、美国堂の傘下に入った韓国企業の社長による、過去の反日発言。その時の映像が、日本語の字幕入りで投稿動画サイトに上げられた。カスタマーセンターに苦情が寄せられ、不買運動が呼びかけられ、デモへと拡がっていく。
主導しているのは、反日国家や反日民族の排斥を訴える保守系市民団体と思われる。彼らは、新たに「美国堂を糺す会」を発足。そして西澤奈美が「糺す会」に潜入し、デモの沈静化を画策する。

選評を読むと、この裏稼業の設定や着眼点、ストーリーの面白さなどが評価されたようだ。僕も素直に面白いと思う。これが授賞に至った大きな理由と思われる。
本作は、主人公がスパイ活動をする、オーソドックスなハードボイルド的作品という印象も受ける。しかし、ヘイトやネット炎上、企業コンプライアンスなどの、今日的な社会問題を上手く取り込んでいると感じた。AI相手の会話や同性パートナーとの関係などが新しい、というような意見が、選考委員からも出ていた。
本作を読めば、主人公が裏社会に足を踏み入れることになった理由や、彼女が同性愛者となった理由なども分かる。

設定やストーリーに関しては、概ね高評価であり、それが授賞理由なのであろう。逆に、人物描写や真新しさを重視する選考委員は、本作を推さなかったようだ。ひねりのあるストーリーや設定が好きな読者もいれば、読みやすさや真新しさを重視する読者もいる。

選考委員は、読者に好かれ読ませるという自覚や、客観的に読み返すことの重要性なども述べている。つまり、納得のいくまで推敲するような執念も、決め手のひとつになるのだ。

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