小説

『わたしを離さないで』カズオ・イシグロ 遺伝子工学が齎した残酷な世界【書評】

この記事は約3分で読めます。

カズオ・イシグロさんの長編小説『わたしを離さないで』には、遺伝子工学が齎した残酷な世界と、仲間との絆が描かれています。

『わたしを離さないで』の原題は「Never Let Me Go」。
2005年にイギリスで発表され、日本では2006年に早川書房から単行本が刊行されました。

著者はノーベル賞作家のカズオ・イシグロさん。
翻訳者は土屋政雄さんです。

カズオ・イシグロさんは、日本人であった両親のもとに生まれた、日系イギリス人です。
カズオ・イシグロさんは、幼少期に長崎で育ちましたが、海洋学者の父がイギリスの国立海洋研究所から招かれ、家族とともに渡英しました。
カズオ・イシグロさんは、2017年にノーベル文学賞を受賞したことで、日本でも広く知られるようになりました。
『わたしを離さないで』は、カズオ・イシグロさんの代表作の一つです。

作品の舞台は1990年代末のイギリスです。
物語の冒頭では、主人公のキャシーが、31歳の現在まで、介護人の仕事を11年以上続けていると、語り始めます。
キャシーは、穏やかに現在の心境を語りならが、自分が育ったヘールシャムの施設やその後の出来事を回想します。

物語は3部構成です。
第1部はヘールシャムの施設で過ごした少女時代の出来事。
第2部は16歳になってヘールシャムを巣立ちコテージで暮らした日々のこと。
そして、第3部はキャシーがコテージを出てからの話です。

物語に頻繁に登場するのが、トミーとルースです。
2人とも、キャシーがヘールシャムで知り合い、親しくなった友人です。
子どもの頃のトミーは癇癪持ちの男の子として、ルースは見栄っ張りな女の子として描かれています。
キャシーたちがいたヘールシャムの施設は、全寮制の学校であり、保護官とよばれる先生たちが、生徒たちの監視をしていました。

物語の中心は、キャシーとトミーとルースの3人の交流や葛藤、そしてヘールシャムのほかの仲間や先生たちとのやり取りです。
この物語は、よくありそうな人間関係を丹念に心理描写しています。
しかし、小説を読み進めていくと、徐々に不思議な感覚に陥ります。
キャシーたちが置かれている状況は、とても深刻なものでした。

この小説において、このことの説明は避けた方がよいかもしれませんが、あらすじが見えてきませんので簡単に触れておきます。
実は、キャシーほか、ヘールシャムの生徒たちはクローン人間です。
しかも、臓器提供のために造られたクローンです。
そのため『わたしを離さないで』は、ディストピア小説あるいはSF的な小説として受け取られることもあるようです。
あるいは、遺伝子工学の倫理問題を考えさせる側面を持つ作品ともいえるかもしれません。

なお、小説のタイトルは、ジュディ・ブリッジウォーターさんのアルバム「夜に聞く歌」の3曲目「わたしを離さないで(Never Let Me Go)」が由来です。
主人公のキャシーは、小説の中で、この曲になぜか惹かれる、と言っています。

わたしを離さないで/カズオ・イシグロ
出典:Amazon
タイトルとURLをコピーしました