小説

『日本の一文 30選』中村明 近現代の一流作家30人の作品から【書評】

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中村明氏の『日本の一文 30選』は、2016年9月に岩波新書より刊行された。各節の冒頭には、近現代の一流作家30人の作品から抽出した一文が、見出しとして掲げられている。Cコードの第3-4桁(内容)は、93(日本文学、小説・物語)。

本書は、一文の引用を快諾された作家やその著作権継承者の協力があり実現した企画とのこと。小津安二郎氏の映画台本や、現代の作品の中には村上春樹氏の『ノルウェイの森』がある。近現代共に名作が多く、名作のなかの名文という印象を持った。

本書では、それら一文を中心テーマとして、多様な話題にふれている。その一文が使われている場面の説明や、その作品の他の箇所だけでなく、作家の他の作品、さらには他の作家の文章をも参照するという流れだ。「はじめに」を読むと、「技術面の解説が重く、無粋にならないよう、ゆとりのある筆致のエッセイをめざした」と書かれている。

30人の作家のなかには、中村氏が直接ことばを交わした作家もいるので、さらに関心のもてる内容となっていた。第1章の冒頭は小林秀雄氏の『井伏君の「貸間あり」』からの引用であるが、第1章のすべてはこの一文に纏わる話及び中村氏が小林氏にインタビューをした際の体験談であった。

本書の章分けは次の通りである。

目次
第1章 この人この文―表現の奥の人影
第2章 たった一言の威力―思わず唸る名表現
第3章 風景、人、心、そして時間―描写の手法
第4章 イメージに語らせる―想像力をかきたてる比喩など
第5章 順序と反復のテクニック―流れに波を起こす
第6章 耳を揺する響き―音感に訴える
第7章 曖昧さの幅と奥行―わかりにくさのグラデーション
第8章 文章のふくらみ―余情と背景
第9章 開閉の妙―冒頭の仕掛けと結びの残像
第10章 文は人なり―文体を語る作家の肉声

同じ時代を生きた作家の文章にも違いがある。本書を読むことで、一流作家の文章の個性や特徴、それぞれの作家の文章の違いを知ることができだろう。それだけでも読む価値がありそうだ。

井上ひさし氏の『吉里吉里人』(きりきりじん)から引用した一文に関しては、ほぼ1ページを占める分量が読点でつながれ、三百数十字で一文を成していた。しかもこれは、書き出し。冒頭から始まる多数の文節は、この事件という名詞にかかる連体修飾語であり、接続詞をはさみながら続く。そして結局は、語り手がこの事件のことについて、苦労しながら書き始めようとしているという内容だ。

中村氏の解説によれば、「際限もなく溢れ出す感じを実現する作品の仕掛け」であり、「どのことばもそれぞれの役割を演じている」とのことであった。あるいは、「作品意図が、そういう圧倒的な感じで読者を煙に巻くところにあった」のかもしれない。確かにそのように感じる。中村氏が述べられているが、『吉里吉里人』は長大な長さの長編であるが、あらすじにしたら5行で済む。だが、それでは文学にも何にもならない。

日本の一文 30選/中村明
出典:Amazon
書誌情報

書名:日本の一文 30選
著者:中村明
出版社:岩波書店
発売年月:2016年9月
Cコード:C0293(岩波新書)
ジャンル:文学

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