この記事では、馳星周さんの小説『少年と犬』について、そのテーマや登場人物、物語の魅力をさまざまな角度から掘り下げていきます。
少年と犬 馳星周・著
書誌情報
書名:少年と犬
著者:馳星周
出版社:文藝春秋
発売年月:単行本 2020年5月/文庫本 2023年4月/電子書籍 2023年4月
ページ数:単行本 312ページ/文庫本 384ページ
ジャンル:小説/エンタメ・ミステリ
初出
本書の初出は、文藝春秋が発行する娯楽小説誌『オール讀物』。短篇の連作という依頼があり、2017年から2020年にかけて、少し間隔を空けて、6篇が発表された。掲載は次のとおりである。
初出誌『オール讀物』
男と犬 2018年1月号
泥棒と犬 2018年4月号
夫婦と犬 2018年7月号
娼婦と犬 2019年1月号
老人と犬 2020年1月号
少年と犬 2017年10月号
つまり、最終話の「少年と犬」が最初に発表され、過去の経緯を順番に発表した形だ。そして単行本では、時系列の構成になった。
素直に感動できるストーリー
馳星周さんの『少年と犬』(文藝春秋, 2020年5月15日)は、多聞と名付けられた犬と、旅先で出会った人々の物語である。
本作は第163回(2020年上半期)直木三十五賞を受賞した。連作短編として、娯楽小説誌『オール讀物』(文藝春秋)に掲載された6話からなる。
「多聞」と名付けられた犬が、岩手県の釜石から熊本まで旅を続ける。東日本大震災当時、多聞はまだ子犬であった。その後、育った土地を離れ、日本列島を西南へ向かった。
新しい飼い主と巡り会っても、多聞はなぜか、いつも南の方角を見つめる。多聞には、何か旅の目的があるようだ。最終話まで読み進めていくと明らかにされるが、何しろ犬のことなので偶然なのかどうか定かではない。
現実的には放浪の旅と考えるべきだが、何か不思議な力に導かれたようにもとれる。
本作は、物語の始めから終わりまで、犬の「多聞」が軸となり、ストーリーが進む。擬人化されることはない。人の目を通して描くことを徹底している。
もし現実として「多聞」のような犬と出会った時、一般的な人なら迷い犬や野犬として見て見ぬふりをするかもしれない。しかし、犬好きの人の中には、本作のような行動をとる方もいるのであろう。小説としてのリアリティを感じた。
本作は、動物の不思議な話であっても、素直に感動できるストーリーであった。直木賞受賞作に推した選考委員の方々は、馳星周さんの力量として賞賛していた。
多聞は、賢くて逞しい。しかし、犬一匹の力だけで、釜石から熊本まで辿り着くことはできなかったはずだ。旅の先々で出会った人々が、多聞の旅を助けてくれたのだ。
多聞が出会う相手は、善良な人ばかりではない。6話のうちの半分は、犯罪者であった。共通点は、犬を愛せるということ。根っからの悪人というわけではないのであろう。
多聞は、人を惹きつける不思議な犬であった。多聞は、行く先々で人々に寄り添う。人生が好転するような出来事は起きないが、人々の心が癒された。
本作には、馳星周さんが犬好きであることが伝わってくる文章が、随所に見られた。犬好きの読者なら、より共感しながら読めるであろう。
多聞の旅の理由を知りたくなると思うが、本作は多聞の冒険譚でもあるので、順番に読み進めることをお勧めする。各話には、繋がりがある。そして各話の視点人物は、さまざまな人生を歩んできた人々。
個人的な話をすると、子どもの頃に真っ白な中型犬を飼っていた。近所で生まれた子犬を一匹貰って、育てることになった。今考えると、多聞ほどではないが、賢い犬だったと思う。
ちなみに多聞は和犬とシェパードの雑種。表紙を目にしてから、読み始めるまで、シェパードに似ているとは思ったが、雑種であった。
馳星周さんは、バーニーズマウンテンドッグという大型犬を2頭飼っているらしい。代は替わっているが、25年以上犬と暮らしているとのこと。
7回目の直木賞ノミネートでついに受賞
馳星周さんの作品が、直木賞にノミネートされたのは、7回目であった。第163回直木賞では、ついに受賞にいたった。
過去7回の作品は、次のとおりである。
第116回直木賞候補(平成8年/1996年下半期)「不夜城」
第120回直木賞候補(平成10年/1998年下半期)「夜光虫」
第122回直木賞候補(平成11年/1999年下半期)「M」
第130回直木賞候補(平成15年/2003年下半期)「生誕祭」
第138回直木賞候補(平成19年/2007年下半期)「約束の地で」
第153回直木賞候補(平成27年/2015年上半期)「アンタッチャブル」
第163回直木賞受賞(令和2年/2020年上半期)「少年と犬」