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『レキシントンの幽霊』村上春樹 読者を引き込む語りの巧妙さに感服【書評】

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この記事では、村上春樹さんの短編小説集『レキシントンの幽霊』について、そのテーマや登場人物、物語の魅力をさまざまな角度から掘り下げていきます。

レキシントンの幽霊 村上春樹・著

レキシントンの幽霊(村上春樹, 文春文庫)の表紙
出典:Amazon

書誌情報

書名:レキシントンの幽霊
著者:村上春樹
出版社:文藝春秋
発売年月:単行本 1996年11月/文庫本 1999年10月/電子書籍 2016年10月
ページ数:単行本 240ページ/文庫本 224ページ
ジャンル:小説

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読者を引き込む語りの巧妙さに感服

村上春樹さんの短編集『レキシントンの幽霊』には、表題作のほか、「緑色の獣」「沈黙」「氷男」「トニー滝谷」「七番目の男」「めくらやなぎと、眠る女」の、合計7編が収録されています。読み始めると物語の展開に引き込まれ、楽しいような怖いような話の筋と語りの巧妙さに魅了されました。

表題作の「レキシントンの幽霊」は、実際に起こったことである、という書き出しで始まります。アメリカのボストン郊外、レキシントンの古い屋敷の住人と親しくなり、一週間ほど留守番を頼まれたという設定の話です。飼い犬に一日二度の食事を与えてくれれば、あとは何もしなくてもよいという依頼でした。語り手の「僕」は、依頼を引き受けたその夜、時計が夜の11時をまわり、二階の寝室に入ってすぐに眠ってしまいますが、目が覚めます。すると、下の階に人の気配を感じます。

「緑色の獣」は、夫が仕事に出たあとに、残された「私」がひとりで窓辺の椅子に座って、庭を眺めていたときの出来事です。庭には「私」が子どものころに植え、友達のように思っていた椎の木があります。ずいぶん長い時間が過ぎ、ふと気づくと奇妙な音が聞こえてきます。

「沈黙」では、語り手の「僕」が大沢という人物に対して、これまでに喧嘩をして誰かを殴ったことはありますか、と訊ねる場面から始まります。大沢は中学校の初めのころからずっとボクシングジムに通っていて、31歳になった今でも週に一度はトレーニングを続けています。「僕」は、大沢の人柄とボクシングが結びつかなかったので、ちょっとした好奇心から余計な質問をしてしまいました。

「氷男」では、語り手の「私」が、スキー場のホテルで知り合った氷男と結婚します。知り合ったとき、氷男はロビーの隅っこで、ひとりで静かに本を読んでいました。「私」は、孤独な氷男を愛し、家族の反対を押し切って結婚生活を始めました。ある日、「私」は夫の氷男に南極旅行を提案します。この物語の南極には町があり、人が住んでいます。その土地では、二人の立場が逆転したような状況になります。

「トニー滝谷」の戸籍上の名前は滝谷トニー、つまり本当の名前ですが、両親とも日本人です。父親の滝谷省三郎はトロンボーン奏者で、友達同然の仲になったアメリカ軍の少佐の提案で、息子をトニーと名づけました。成長したトニー滝谷は、美術大学に入り、イラストレーターとなり、ある時突然恋に落ちて結婚します。本作「トニー滝谷」では、彼の半生が伝記的に語られます。

「七番目の男」では、日が暮れてから人々が部屋に集まって、丸く輪になって座り、おそらく一人ずつ順番に話をしていたのでしょう。七番目の男とは、話をすることになっていた最後の人物のことです。七番目の男は、10歳の時に体験し、長く後悔の念に駆られていたショッキングな災難ついて語ります。その悪夢のような出来事がインパクトのある場面描写で語られました。

「めくらやなぎと、眠る女」は、5月の風の描写から始まります。語り手の「僕」は、伯母に頼まれて、右の耳が悪いいとこの男の子を病院に連れていくところです。5年ぶりの再会で、「僕」が25歳でいとこは14歳です。病院に到着し医師への挨拶を終えた「僕」は、食堂に行きコーヒーを飲みながら、いとこの診療が終わるのを待ちます。窓の外を眺めていると、「僕」は8年前に友だちのガールフレンドのお見舞いに、その友だちと一緒に海岸近くにあった小さな病院に行った時のことを思い出します。

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