この記事では、宇佐見りんさんの小説『推し、燃ゆ』について、そのテーマや登場人物、物語の魅力をさまざまな角度から掘り下げていきます。
推し、燃ゆ 宇佐見りん・著
書誌情報
書名:推し、燃ゆ
著者:宇佐見りん
出版社:河出書房新社
発売年月:単行本 2020年9月/文庫本 2023年7月/電子書籍 2023年7月
ページ数:単行本 128ページ/文庫本 160ページ
主人公には早く立ち直って欲しい
宇佐見りんさんの小説『推し、燃ゆ』は、第164回(2020年度下半期)芥川龍之介賞受賞作。
僕自身は、これまでの人生で、アイドルを強く推したという経験はない。好きな芸能人は誰かと聞かれても、すぐに頭の中に浮かばないくらいだ。地方で生まれ育ち、のめり込んでしまうような機会も少なかった。
現実の世界に落胆して、誰かを憧れたり、応援したりはする。ただし、あの女優は美人だなぁとか、演技が上手いとか、歌が上手いとか、演奏が上手いとか、その程度の感想しかもたない。
僕が公立中学校に通っていた頃はバンドブームで、ロックが人気だった。そして代表するロックバンドのひとつがBOØWY。全国的に人気があり、地元の人間でなくても、ファンが多かった。
その流れで、社会人になってから布袋寅泰さんのライブ・コンサートを観に行ったことがある。コンサートに行ったことはないが、氷室京介さんがソロになってからの曲もよく聴いていた。歌うには難しいけど、ロックだけでなく、好きなバラードも多い。しかし、推しのニュアンスとは違うかもしれない。
文学好きならフォークソングかもしれないが、流行に影響されていた。ただし、一時期、安いフォークギターを購入して、独学で練習していたことはある。数曲は形だけ弾けるようになったが、止めてしまった。
40代になってからは、母親が浅田真央さんのファンということもあり、サンクスツアーを観に行った。プロ野球観戦やサッカー観戦は、子どもの頃から何度かある。しかし、そういう経験は少ない方だ。
本作の序盤には、アイドルとのかかわり方は十人十色であることに触れ、どのような人がいるのかを、分析的に語る文章がある。僕も含めて、大抵の人はどれかにあてはまると思う。
本作の主人公のように、アイドルに大金をつぎ込み、生活の中心にしたような経験は全くないし、考えたこともなく、そういったアイドルオタクに対しては、どちらかというと冷めた目で見ていた。
羽生結弦選手の追っかけが、海外にも行くのを知って、余程好きでお金も余っているのかと、驚いてしまう。他人であればその程度だが、身内であれば顔をしかめてしまうだろう。
本作の主人公に対しては、ある程度は理解してあげたくなる。彼女はアルバイトで稼いだお金を推しに使っている。運動部や文化部で活動するのが、正しい高校生活とは言い切れない。昔、けっこう強引に他人から寄付を募る運動部があり、反感を抱いた。
けれども余計なお節介だが、高校生なのだから、時間とお金の使い方を考えたほうがよいのでは、と忠告したくはなる。高校中退の原因とも思える。僕からすると、両親や姉は寛容すぎると感じた。
主人公からすると、推しは人生において重要なことであった。しかし、中退になるほど、学業を疎かにしないでほしかった。元々、学力が低かったり、体調が優れなかったりという理由があったとしても、もう少し頑張れたような気がする。
コンサートチケットやグッズなどを買うために、居酒屋でアルバイトするくらいなら、もう少し勉強したらと考えてしまう。
お金を使い込みすぎたことを除けば、推しへの想いや応援の仕方には良い印象を受けた。女子高生の推しへの想いを通して、時代の一部を切り取り、的確に描いているようにも感じた。
追っかけの話と考えると、ありきたりな題材であり、現代風に仕上げているとはいえ、平凡なストーリーではある。逆に身近で共感しやすいストーリーとも言えるので、小説としての受け止め方は、人それぞれであろう。
文章については、リズムが良く、文学的表現にも優れていると感じた。幅広い世代の人が理解できる範囲で、現代の若い世代の言葉を使っている。小説は、会話文が多いので、地の文も含めてそれが自然だと思う。
作者とは年齢が離れるが、すらすらと読めた。主人公の心理描写も良い。一人称で書かれているが、主人公のことを理解しやすかった。