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『性的人間』大江健三郎さんが60年安保闘争前後の世の中を描いた3編【書評】

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この記事では、大江健三郎さんの中・短編小説集『性的人間』(新潮文庫, 1968年)について、そのテーマや登場人物、物語の魅力をさまざまな角度から掘り下げていきます。

性的人間 大江健三郎・著

性的人間(大江健三郎, 新潮文庫)の表紙
出典:Amazon

書誌情報

書名:性的人間
著者:大江健三郎
出版社:新潮社
発売年月:新潮文庫 1968年4月/新潮文庫改版 1989年5月/電子書籍 2014年3月
ページ数:288ページ

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大江健三郎さんが60年安保闘争前後の世の中を描いた3編

1968(昭和43)年4月に新潮文庫より刊行された大江健三郎さんの中・短編集『性的人間』には、中編小説の「性的人間」「セヴンティーン」、短編小説の「共同生活」の3編が収録されている。大江健三郎さんは、性を小説のモチーフのひとつにしているが、本書もその特色が強く表れている。ただし、「セヴンティーン」に関しては、テーマは政治。「セヴンティーン」のモデルは、浅沼稲次郎暗殺事件の実行犯、山口二矢とされている。

目次
「性的人間」
「セヴンティーン」
「共同生活」
※文庫版には渡辺広士氏の解説が収録されていますが、電子版には収録されていません。

中編小説「性的人間」の初出は、文芸誌『新潮』1963年5月号。同年6月に単行本が刊行され、その際は「性的人間」「セヴンティーン」のほかに、短編小説「不満足」が収録された。

中編小説「セヴンティーン」の初出は、文芸誌『文學界』1961年1月号。本作には続編があり、『文學界』1961年2月号に「政治少年死す──セヴンティーン第二部」が掲載された。しかし、文藝春秋と大江健三郎氏に右翼団体から脅迫状が送られ、『文學界』1961年3月号に編集長名で謝罪文が掲載された。そして、単行本や文庫本への収録は第一部「セヴンティーン」のみで、第二部「政治少年死す」の掲載はしばらく見送られてきた。
また、1961年2月1日に起こった右翼テロ事件(風流夢譚事件・嶋中事件)も影響したと考えられる。この事件の発端は、月間総合雑誌『中央公論』1960年12月号に掲載された深沢七郎氏の短編小説「風流夢譚」。

2018年になって、講談社刊行の「大江健三郎全小説 第3巻」に、「政治少年死す──セヴンティーン第二部」が収録された。

本書の3編は、問題作ともいえる手法により、人間存在の真実や異常性に迫った作品であった。「性的人間」「セヴンティーン」の2作品は、冒頭から結末まで、登場人物の過激な言動が続く。「共同生活」は、ある程度の推測はできるが、何事が起きているのかという展開がしばらく続き、その理由は主人公にもたらされた悲劇とともに明らかになる。

中編小説「性的人間」は、痴漢をテーマにしており、男色や乱交などの反社会的な性を描く問題作。青年Jは、後戻りできない状況に自らを追い込み、自己破滅的な結末を迎える。彼は、鉄鋼会社の社長の息子。芸術的なパトロン趣味。
本作は、前半と後半で場面が大きく変わる。前半は、7人の男女が短編映画の撮影のために、漁師町に向かう場面から始まり、目的地である山荘での出来事が描かれている。後半は、東京に戻ってからの話で、主要な登場人物も変わる。

冒頭は7人の男女がジャガーに乗って映画の撮影場所に向かう場面。29歳のJ、映画監督をこころざす4歳年下のJの妻、Jの妹で27歳の彫刻家、中年男のカメラマン、Jの妻とは大学の同級生で25歳の詩人(男性)、20歳の俳優(男性)、18歳のジャズ・シンガーのサワ・ケイコ。

後半の冒頭は地下鉄の国会議事堂前駅。Jと老人が18歳くらいの少年の異常な行動に遭遇する場面から始まる。本作は痴漢をテーマにしている。痴漢行為に及ぼうとする少年の異常すぎる動機や、人間に内在する抑えきれない極端な欲望が描かれていた。
Jは、親の財力のおかげで経済的には裕福であった。裏の顔を知らなければ、普通の人間、もしかしたら道徳的にさえ見えるかもしれない青年。しかしながら、内在していた異常性が徐々に表に出る。父親の会社を継いでサラリーマンになることを嫌悪し、取り返しのつかない痴漢行為に及ぶ。人間存在の真実について、極端なまでに特異に描いた問題作であった。

中編小説「セヴンティーン」は、主人公の「おれ」が17歳の誕生日を迎えた日から始まる。父と母と兄と姉と「おれ」の5人家族。姉のみがかろうじて声をかけてくれたが、他の家族は気づかないか、気づかないふりをしていた。「おれ」は風呂場で17歳になってはじめての自涜をする。
その日の夕食のあと、テレビのニュースで皇太子とお妃のことが放送されていた。「おれ」はその放送を見て悪態をつく。すると、姉が「おれ」にかみついてきた。そして、皇室と自衛隊のことで口論となる。姉は自衛隊の病院で看護婦をしている。議論しているうちに、分が悪くなった「おれ」は、あろうことか逆上して姉の額を蹴り上げてしまう……。
翌日は、進学のための学力テストと体育の試験。結果は散々だった。特に体育の試験はあり得ないような最悪の事態に。帰宅途中、「おれ」は同級生に右翼の街頭演説のサクラに誘われる。

短編小説「共同生活」に描かれているのは、孤独感のようなもの。ただし、主人公の青年には、彼と同棲することを待ち望んでいる恋人がいて、商会の調査室という職場もある。睡眠薬を飲んでいるので、おそらくノイローゼなのだろうという推測はできるが、冒頭からしばらくは何事が起きているのかという展開が続く。その理由は主人公にもたらされた悲劇とともに明らかになる。

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