この記事では、中村明氏の著書『日本語 語感の辞典』(岩波書店)をご紹介します。
日本語 語感の辞典 中村明・著
書誌情報
書名:日本語 語感の辞典
著者:中村明
出版社:岩波書店
発行年月:2010年11月
ページ数:1200ページ
Cコード:C0581
丁寧な解説や実例、類語辞典的な機能
中村明氏の『日本語 語感の辞典』は、丁寧な解説や実例、類語辞典も兼ねる機能などに魅力がある。
著者の中村明氏は、1935年生まれの国語学者。著書は数多く、辞典の編纂についても同様に多い。
言葉を表現する際は、さまざまなレベルでの選択が積み重ねられる。
帯には「国語辞典では分からないニュアンスを知るための辞典」とある。
この『日本語 語感の辞典』がどのような目的で刊行されたのか、どのように役に立つのか等を、まえがきなどを参考にしてまとめた。
まえがきには次のようなことが書かれている。
一つの文章が生まれるまでには、発想や表現の選択が積み重ねられる。
正確な言葉というのは、誤りを含んでいないだけでは不十分。
場面や文脈に応じて、感覚・感情・認識をどこまで細かくとらえ、どれほど忠実に伝えるかという、的確な表現を追い求める姿勢が必要。
つまり言葉を表現する際は、さまざまなレベルでの選択が積み重ねられる。
最適の一語をめざして候補をしぼりこむ過程で迷ったときに、「意味」を調べる国語辞典は数多く出ているが、「語感」を探る手がかりとなる専門辞典は存在しなかった。
これが、著者の執筆動機である。
誤りだとまで判断できれば「意味」の問題だが、ある段階からは「語感」の域。
現実には微妙な場合が少なくない。
この辞典では、境界線上の微妙な意味の違いにも積極的に言及した、とのこと。
言語感覚の鋭い人は、最適な表現を的確に判断し、きっぱりと最適の一語をしぼりきる。
最適の一語にたどりつく道筋は二つある。
一方は「意味」の面からで、他方では「語感」の面から。
本書には、幅広い約一万語が取り上げられている。
各項目の末尾に、意味の似た語群を列挙している。
互いに参照することによって類義語辞典の役割を兼ねる。
一般的な類義語辞典であれば、体系的に意味別に分類され、意味の似ている見出し語はまとまっているが、本書の場合、その都度、言葉ごとに引き直す必要はある。
だが、中村明氏が著した本書を魅力的に感じるのは、解説の丁寧さである。
2010年の刊行ということもあり、情報も新鮮だ。
類語国語辞典は、大野晋氏と浜西正人氏が著し、角川書店から刊行されているものを使用している。
体系的にまとめられているので、もちろん利便性が高く、魅力的である。
どちらがよいということなく、使い分けている。
類語国語辞典では、言葉の位相についても、たいてい細かくなる。
たとえば、日常語・口語・文語・文章語・雅語・俗語・隠語・方言・幼児語、等々。
言葉の位相とは、地域・身分・性別・職業・年齢・などの違いや、話し言葉と書き言葉、雅語と俗語など使われる場の違いによる区別をいう。(『類語国語辞典』, 大野晋・浜西正人, 角川書店, 1985年)
大野晋氏と浜西正人氏による『類語国語辞典』は、効率的に意味の違いを確認できる。
対して、中村明氏の『日本語 語感の辞典』は、一つひとつの言葉のニュアンスが丁寧に記されていると感じた。
会話や軽い文章に使われるとか、新しい感じの外来語とか、会話にも文章にも広く使われる基本的な漢語とか、いくぶん古風な和語とか、会話やさほど硬くない文章に使われる和語表現とか、やや改まった会話やさほど硬くない文章などで用いられるとか、くだけた会話から硬い文章まで幅広く使われる日常の基本的な漢語とか、古めかしい表現とか、例を挙げると切りがないが、言葉の位相についても一つひとつ解説している。
以上が本書の大きな魅力の一つである。
もう一つの大きな魅力は用例だと感じた。
本書には、語感を深く味わい取るために、文学作品に出てくる生きた実例が添えられている。
近代・現代の数多くの作家の手になる大量の実例が収録されているのだ。
具体的には次の作家ら。敬称略で列挙する。
夏目漱石・森鷗外・芥川龍之介・志賀直哉・谷崎潤一郎・川端康成から藤沢周平・村上春樹・川上弘美・小川洋子……。
読むことを楽しめる辞典。
また、著者には、雑誌の企画等で、実作の現場での生の声を、作家から聞いた経験がある。
その体験を生かし、作者自身から直接聞いた言語意識や表現感覚に関する貴重な発言を、著者は紹介している。
敬称略で列挙する。
武者小路実篤・堀口大學・里見弴・瀧井孝作・井伏鱒二・尾崎一雄・網野菊・小林秀雄・永井龍男・円地文子・田宮虎彦・大岡昇平・小島信夫・小沼丹・吉行淳之介・庄野潤三……。
さらに著者には、小津安二郎・野田高梧のシナリオを熟読玩味した経験がある。それを活用し、小津監督の映画から多数の用例を引用・紹介している。
知らず識らず言語感覚が鍛えられ、日本語を味わう喜びにひたる。
文学についての造詣が深く、素養を備えた方が著者のため、辞典であるにもかかわらず、詩的でやわらかい文章表現が散見する。そこにも魅力を感じた。
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