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『空の怪物アグイー』大江健三郎 ‐ 1960年代前半の混乱【書評】

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この記事では、大江健三郎さんの短編小説集『空の怪物アグイー』について、表題作を中心にそのテーマや登場人物、物語の魅力をさまざまな角度から掘り下げていきます。

空の怪物アグイー 大江健三郎・著

空の怪物アグイー(大江健三郎, 新潮文庫)の表紙
出典:Amazon

書誌情報

書名:空の怪物アグイー
著者:大江健三郎
出版社:新潮社
発売年月:新潮文庫 1972年4月, 新潮文庫改版 2002年9月, 電子書籍 2014年3月
ページ数:新潮文庫(改版) 304ページ

収録作品発表年月

収録作品

不満足《文學界》1962年5月号
スパルタ教育《新潮》1963年2月号
敬老週間 《文藝春秋》1963年6月号
アトミック・エイジの守護神《群像》1964年1月号
空の怪物アグイー《新潮》1964年1月号
ブラジル風のポルトガル語《世界》1964年2月号
犬の世界《文學界》1964年8月号

紙書籍

電子書籍

1962年から1964年にかけて発表された7編を収録

大江健三郎さんの短編小説集『空の怪物アグイー』(新潮文庫, 1972年)には、1962年から1964年にかけて文芸誌に発表された7編が収録されています。世の中では60年安保闘争という混乱があり、大江健三郎さんの私生活では、1963年6月にご長男が頭部に異常を抱えて誕生されました。

短編集『空の怪物アグイー』には、「不満足」「スパルタ教育」「敬老週間」「アトミック・エイジの守護神」「空の怪物アグイー」「ブラジル風のポルトガル語」「犬の世界」の7編が収録されています。

表題作の「空の怪物アグイー」は、息子さんが知的障害者として生まれたことに触発され、文芸誌『新潮』の1964年1月号に発表された作品です。同様のモチーフで書かれた作品として『個人的な体験』(新潮社, 1964年8月)があり、知的障害のある息子が誕生した主人公・鳥(バード)の苦悩が描かれています。同じ年に発表されたこの二つの作品は、結末や嬰児の運命が対照的です。そして、父親の選択と心情の対比。

知的障害児を育てることに果たして前向きになれるのか、親としての倫理観や責任感とは何かなど、深いテーマを扱う作品です。

障害のある息子との共生という一個人の経験は、大江文学の主題のひとつになり、いくつかの作品の中で描かれてきました。ただ、大江健三郎さん自身の現実世界はひとつですが、それぞれの作品はまったく異なった存在としての数知れない世界のひとつとして描かれています。世の中が多元的な世界であるように。知的障害のある息子と父親との関係は、作品ごとに差異があります。

『ピンチランナー調書』(新潮社, 1976年)では父親と子どもの年齢が逆転し、『洪水はわが魂に及び』(新潮社, 1973年1月)を悲劇とすれば『ピンチランナー調書』は喜劇であるように。

「空の怪物アグイー」では、語り手の「ぼく」は18歳の大学生であり、伯父にアルバイトを紹介してもらいます。そのアルバイトとは、ある銀行家の息子・Dが外出する際の付き添いの仕事です。その息子は、父親としての存在の意味を失い、幻影におびえる、あるいはそのように装う28歳の音楽家でした。

「空の怪物アグイー」では、結末で語り手の「ぼく」は突然、子供らの一群から石礫を投げられるという災難に遭遇します。彼らはおそらく健常者でしょう。罰せられることも無かったのでしょう。実際に同様の被害や近い被害を受けた人がいるかもしれません。小学生に限らず、中学生以上の年齢の相手によって。

語り手の「ぼく」自身が片方の目がほとんど見えない障害者となってしまいました。

この事件は、『万延元年のフットボール』(講談社, 1967年9月)の冒頭に繋がります。このエピソードの記述は、語り手としての「ぼく」、『万延元年のフットボール』であれば「僕」の、生い立ちやイメージ、心情などを意図的に強く印象づけているように感じます。純真さを強調されがちな学童期の性質に対して、残忍な一面もあるという現実の描写ともいえるかもしれません。

「不満足」には、語り手の「僕」と、菊比古、鳥(バード)が登場し、『個人的な体験』以前の出来事を知ることができます。

「スパルタ教育」には若いカメラマンと妊娠中の妻の身に起きた、新興宗教の団体がからむ事件について描かれています。

「敬老週間」は三人の学生が入院中の老人から依頼されたアルバイトの話です。アルバイト代が高額なうえに人助けといえそうな仕事であり、学生たちはやりがいを感じていたかもしれません。結末で真相が明らかになります。

「アトミック・エイジの守護神」は原爆孤児を養子にした男、「ブラジル風のポルトガル語」は森林監視員をしている大学のフランス文学科時代の友人、「犬の世界」はあるひとりの若者の思い出。

いずれも趣向を凝らした作品ばかりです。

フィクションであっても、作者・大江健三郎さんの実体験や時代背景などが設定の細部に色濃く反映されています。それゆえに、リアリティのある作品に仕上がっているのでしょう。文学とは何かという問いを理解する糸口にもなり得る短編小説集でした。

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