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『背高泡立草』古川真人 ‐ 島の歴史とゆかりのある家族【書評】

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この記事では、古川真人さんの小説『背高泡立草』について、そのテーマや登場人物、物語の魅力をさまざまな角度から掘り下げていきます。

背高泡立草 古川真人・著

背高泡立草(古川真人, 集英社)の表紙
出典:Amazon

書誌情報

書名:背高泡立草
著者:古川真人
出版社:集英社
発売年月:単行本 2020年1月

島の歴史とゆかりのある家族

古川真人さんの小説『背高泡立草』は、第162回芥川賞受賞作である。初出は集英社の月刊文芸誌『すばる』の2019年10月号。『背高泡立草』は、2020年1月に集英社から単行本として刊行されている。単行本で143ページの分量である。
古川真人さんは1988年福岡県福岡市生まれ。本作の主人公・大村奈美の職場も福岡である。主人公の奈美は独身で、あと数年で30歳になる。

本作には、9つの話があり、船着き場の話から始まり、帰路の話で終わる。この物語の本筋は、島にある納屋の周りの草刈りであるが、その他にも島の歴史についての話もある。
例えば、終戦後の日本から朝鮮半島へ向かう船が難破し島民が救助した話、島の男が商人に雇われ蝦夷地調査の一団に加わった話、男子中学生と父親によるカヌーの話など。
どこの島かについては、恐らく長崎県平戸市近辺の島であろう。平戸が船着き場と書かれており、長崎や佐世保といった地名も出てくる。朝早く福岡を出て昼前に島に着いているので、距離的にも長崎県の平戸近辺のようだ。

物語の冒頭は、草刈りに行くために、奈美を母親の美穂が車で迎えにくる場面。草刈りをしに行くのは、島にある美穂の実家の納屋の周り。納屋は20年以上前から使われていない。島にある美穂の実家、吉川の家はすでに空き家である。納屋のほか、彼女らが<古か家>と<新しい方の家>と呼ぶ二軒の家と、物置代わりの建物がある。

奈美は草刈りの必要性に疑問を感じている。島に向かう車の中でも、奈美は母親の美穂に愚痴をいう。
草刈りに行くのは、美穂の姉・加代子と、彼女らの兄・哲雄、それから加代子の娘、つまり奈美の従姉妹である知香の5人。知香は奈美と同年代。
美穂の運転する車は、娘の奈美の次に、姉の加代子と姪にあたる知香を乗せて、目的地の島へ向かう。哲雄とは、平戸の船着き場で合流する。5人は、2台の車を船に乗せて島へと渡る。

実は、美穂は吉川家の養子である。吉川家の佐恵子と智郎の間には子供ができなかった。それで吉川夫婦は、生まれたばかりの美穂を、智郎の妹・内山敬子から貰い受けて養子にしたのだ。
吉川家と内山家は同じ集落にあった。美穂は、幼い頃から生みの親である敬子のところに通い、敬子の子供たち、哲雄や加代子とも、兄妹として接しながら育った。吉川家の草刈りでは美穂が段取りをつけるが、哲雄や加代子たちも当然のように協力している。

美穂たちの親の世代では、敬子が唯一の生存者。敬子は、吉川の家の鍵を預かるなど、島での引受人となっている。遥々、船に乗ってやってきた5人は敬子を訪ねてから、吉川の家の草刈りに行く。敬子は、85歳を過ぎた今でも、内山商店を一人で経営している。

奈美は、敬子が亡くなったり、母たちが年老いたりしたあとのことを考えると、憂鬱になるようだ。自分が結婚したら、これまでと違った生活を送ることになる。草刈りが終わっても、これは必要な事なのかと、自問するし、どうでも良いとも考える。
本作の設定は、島にある母親の実家の草刈りであるが、つまりは親の所有する土地建物の管理に関すること。そう考えると、多くの人々にとっても他人事ではない。

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