春の句(令和八年三月作)
春の兼題で投句した一句が、五月の発表で入選しました。
◇
春陰や頁に落つる眠気かな

◇
俳句ポスト365
兼題「春陰」
初級者【入選】
類想に近く、また二重切れ字でもあるので、公開をためらってしまう句です。
助詞を変えたり、別の語を詰め込んだりすると破綻しそうな気がして、このまま投句してしまいました。
単純に以下で良かったのかもしれません。
◇
春陰の頁に落つる眠気かな
◇
今回の兼題は「春陰」であることを考慮して、「春陰や」にしたのですが、中級者以上での選句にも「春陰の」が多数みられました。ただ、「春陰の」にすると、逆に「かな」の問題が大きくなりそうです。
「かな」を別の助詞・助動詞に変えると、違和感があります。
また、助詞の選択として、「春陰の海」「春陰の金閣」のように、「の」で自然につながる景もあります。
ただ、私の句では対象が「頁」なので、「春陰の頁」とすると説明的になりやすく、やはり「春陰や」のほうが合っている気がします。
別の語を加える発想力が必要かもしれませんし、類想から抜け出さないと、次の段階には進めないのだと思いました。身近な感覚をそのまま置いただけでは、もう一歩届かない気がします。
たとえば、もう少し具体性を持たせるなら、
◇
春陰や辞書の頁に落つ眠気
◇
文語の「落つ」を使うと、下五の途中で切れる形になってしまい、句として少し不安定な感じがします。
そこで、
◇
春陰や辞書の頁に落つる眠気
◇
下五が6音で字余りですが、文法的には適切です。
ただ、「辞書」を加えただけでは類想から抜け出せていない気もしますし、俳句としてのまとまりやリズムも、元の句のほうが自然なのかもしれません。
ちなみに、選外は、
◇
春陰や庭木の緑まだ淡し
◇
こちらは景を出そうとした一句でしたが、発想としては定番に寄っていたのだと思います。
去年の「冴ゆ」と、今回の「春陰」で、俳句ポスト365への2回目の投句ですが、両方とも「入選」です。
両方の句に言えることですが、課題のひとつは「類想からの脱却」です。中級者以上の選句を見ても、「類想から離れること」の難しさを感じます。

